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短編集 1

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UnjustnessWorld









 幼い頃からの疑問。




“ぼくはどうしておとうさんにたたかれるの?”




 その理由が理解できたのは、もっと成長してからだった。服で隠れる場所だけに暴行を受け、周囲の人間に気付かれないように傷と共に年月は重ねられてきた。小さい頃から、自分とは違う白くて綺麗な、傷のない同級生に憧れていた。自分の体は傷だらけで、着替えすら普通にできない体が、たまらなく恥ずかしくて、体調の悪さを理由によく体育を休んでいた。水泳なんて以(モッ)ての外(ホカ)で、学校自体を休むことが多かった。そのせいでからかわれたりもしたが、体の傷を見られるよりずっと楽だった。
 中学に上がり順風満帆な生活を送っていると、ある総合学習でテーマを決めてそのテーマに関して調べたレポートを発表するというものがあった。怠くてやりたくないなと思いながらテーマの種類に目を通していたときに、ふと気になる単語が視界に入った。


「……虐待…?」


 漢字からしてあまりいい意味では使われていないのだろうなと連想させる。その時の僕はその言葉の意味も知らなかったのだが、直感的にこのテーマをやってみたいと思った。そして、同じテーマの人とグループを作って、調べ学習を始めた。すると、浮き上がってきたのはまるで自分と同じ環境の子供。そして、親。
 そこでようやく、自分が“児童虐待”というものを受けていることがわかった。『愛するべき対象を傷つけるのは…』『こんな痛々しい傷を、現代の子供が背負って…』『最近はこういった“虐待”が増えて…』。どうして自分だけ体に傷が負っているか、わからなかった。みんな、自分と同じ目に遭っているものだと思っていた。けれど、みんな体は綺麗で。“虐待”を受けるのが当たり前だと思っていたのに、それは“当たり前”じゃなかった。そして、あることを思いついた。今度は僕が、お父さんを痛い目に遭わせてやるのだと。
 学校の行事で、レポートは1〜3年の全校集会で発表することになり、保護者も観覧することが可能になった。そこで、僕はこう誘った。


「ねぇ、お父さん、今度学校で発表会があるから来て?」


 怪訝な表情を見せたが、厭らしい笑みを浮かべると頷いた。あの気色悪い顔は忘れることはできないだろう。粘着質で、汚い部屋に住むあの生き物を、真実を知った僕は二度と“お父さん”なんて呼ぶことはないだろう。
 これから豚野郎って呼ぶことにした。
 グループのみんなに、お願いしたことがあった。みんなとても驚いていたけれど、協力してくれるとも言ってくれた。僕の勝手なお願いを聞いてくれてありがとう。「先生達にも内緒だよ。」そう言うと、頷いてくれた。
 そして、発表会当日。僕らのグループの発表は最後に決まっていて、バクバクと鳴り続ける心臓に正直耐えられるかどうかわからない。けれど、僕はやり遂げなくてはいけない。そうでなければ、僕はきっとこの理不尽な暴力から逃れることはできない。


『僕たちの調べた総合学習のテーマは、“虐待”です』


 遠くにいる豚野郎がビクンッと揺れた。ステージに上がると、周囲がよく見えて気持ちが良い。スピーカー越しの声に何度も何度も反応する豚は、早く出られないものかとそわそわしているように見えた。ざまあみろ。そう思っていると、こちらを物凄い形相で睨んできて、その様子がまた滑稽。


『…近年、児童虐待件数がうなぎ登りになってきており…』


 もう少し、もう少し。
 自分の後ろにあるスクリーンに、グラフが映し出されている。そして。


『これで、学校のレポートは終わります』
『…もう一つ、お見せしたいものと、お知らせしたいことがあります』


 そう言って映し出された画像は、男子中学生の背中。右肩から左脇腹にかけて大きな切り傷が浮き出ていた。そして、所々に煙草を押しつけた火傷の痕、暴行を受けた後にできた痣、針のような細い物で引っ?き回したような掻き傷。他にも生々しく映る傷の数々に、ギャラリーからは悲鳴が聞こえる。そう、僕はいつもこれ以上に叫んでいたのに。


『これはつい昨日撮った写真です』


 その言葉に、グループ以外の誰もが驚いた。
 『昨日撮った物』ということは、と。


『これは、僕の背中の写真です。背中だけではなく、肩、腿、上腕、胸、足の甲など、服で隠れる部分だけに傷がいくつもあります』


 震える。恐怖で声が震え始める。けれど、横から小さな声でグループの仲間が「頑張れっ」と応援してくれているのが聞こえて、震える声を隠しながら続けた。


『僕は小さい頃から、疑問でした。どうして僕は殴られ、蹴られなければいけないのか。背中の大きな切り傷は、中学校に上がった後にできたものです。入学祝いだとか言って包丁で切りつけられました。けれど病院にも行かせてもらえずに高熱も出ましたが、生きててよかったです。体にいくつもある火傷は、煙草と、ストーブに押しつけられた痕です。皮膚が焼けて、くっついて剥げたりもしました。でも、僕はこれが普通なんだと思っていました。この調べ活動をするまでは』


 わなわなと震え続けている豚野郎は、凄い勢いで集会をしている体育館の扉へと走っていく。体格が大きい分動きも遅い上に、人にぶつかって思うように動けていない。
 いつの間にか騒いでいた観衆は静かに僕の話を聞いていた。先生も、何か言いたげな表情をしているけれど、何も言ってこない。あの豚が逃げる前に、早く。


『今、扉に向かって走っているあの豚や…いや、男が僕の父親です。この傷は全て、あの人が作りました』


 強く反響するスピーカーから聞こえた声に沿って、ざわざわと小さく騒ぎながらも、扉の方を向く。そこには、一人の男もとい豚野郎がいた。どだんどだんと大きな音を立てながら逃げようとしている。それを、扉の一番近くにいた体格のいい(もちろん豚とは違う逞しいという意味で)用務員が簡単にねじ伏せた。














 簡単に潰れてしまう、あっという間に終わった、理不尽な暴力。
 僕とあいつの世界。
 理不尽な世界は、これから辻褄が合うような楽しい生活に変わるのかな、と。






 とりあえずその日から僕の入院生活が始まった。









――――――――――…Unjustness World END(20110809)

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作品名:短編集 1 作家名:海山遊歩