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短編集 1

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Lullaby






 遠くで唄っている誰かがいる。その声をしっかりと確認することはできないけれど、耳に入ってくるその静かなメロディーは、どこか記憶の断片に覚えがあった。


「あぁ、子守歌か」


 そう呟くと同時に色味のない世界が色づき始めた。歌は相も変わらずに聞こえてきていて、耳を澄ましても意識は違う場所に持って行かれているようで、声が心に響くけれど頭に届かない。喉から手が出るほど、とよく言ったものだが、今はまさにそんな感じだった。ただ違うのは、喉からではなく脳の一部から掻き回すようなほど欲しているということで。本来の意味とは違っていることは敢えて不問とさせていただく。
 もし生身の体なのだとしたら、息が荒く、どこかに血が滲んでしまうほど強く爪を立てていただろう。心臓を掻き毟りたいほど、いや、いっそ心臓ごと体から引き千切ってやりたいほど、もどかしく思えた。
 思い出したいけれど思い出せないもどかしさ。その歌に対する思いが強すぎるが故に掻き立てられる感情の波。深呼吸をすることでそれは一時落ち着いた。しかし、ぞわぞわと這い上がってくる感情を抑える術をなんとか探そうと模索するけれど、見つけることはできない。
 深い深い森の奥、どこかも知れない場所をただ当てもなく歩いている。何のために自分はこんな場所を歩いているのだろうと自問してみるも、自答することができなかった。当てもないのだから、当然か。そう完結させることで問題をなかったことにした。空からの光も入らないほどに鬱蒼とした森に迷いもなく歩いている自分を、気味悪く感じる。一歩先だって視認することができないほどに暗く、閉ざされたような空間だというのに。
 それに、一歩、一歩と森の深い場所へと足を踏み出すほど、心臓が高鳴っていく。ああ、本当に忙しく煩わしい心臓だ。いっそ潰してしまおうか、そう誰に言うでもなく呟いて苦笑した。木の葉すら落ちていないこの不思議な森の奥へ奥へと進み始めてから、どれほどの時間が経ったのだろう。そう時間は経っていないはずだが、心のどこかで求めていたそれに一歩、また一歩と近付いていた、明らかに。ふと、目の前にあるような気がして、そっと手を伸ばしたとき。ぞわりと背中にナメクジが伝ったような不快感が走った。触れたその感覚もなかったけれど、確かにそこには何かがあったのだと思う。
 愛らしい笑みを湛えて、抱きついてくる女の子がいた。それを第三者のような視点で見ている自分がいたのに、彼女が抱きついているのは以前、湖面に見た自分の姿。自分はその女の子の頭をゆっくり撫でて、嬉しそうにしている。愛おしそうにゆっくりゆっくり撫でていた。彼女はそれに目を閉じて身を任せるようにしていた。これを見れば、どんな関係なのかわかる。一歩一歩歩いて行けば、それは近付いて行く。躊躇うことなく走って2人の元へ向かうとゆっくりとこちらを見たのは俺で、小さく笑う。ゆっくりと口を動かしたけれど、その声も聞こえなかった。途端、体の節々に激痛が走って、その場に倒れた。四肢がもげるような激痛に指一本動かせずにいる内に、意識が飛んだ。
 目を覚ますとそこは白い部屋で、まるで病室のようだった。起き上がろうとするけれど力が入らないまま僅かに数ミリ浮いただけで、そのままベッドらしい布団にリターンしてしまう。息苦しいのは何故だろうと手を口に持って行くと、こつんと固い何かに当たった。それを掴んで取り外せば、まるで酸素マスクのようで。


「んだこれ…」


 涸れ、掠れてしまっていた声でそう言えば、大きく息を吸って、はいた。空気がどこか淀んでいる。溜息をついてから、這うようにベッドから下りようとすると、今度は左腕に違和感があった。見てみれば、点滴の針とチューブが刺されていた。これではまるで入院患者だ。


「…何か、あった?」


 記憶にないことを思い出そうとするだけで、鈍い痛みが走る。どうせ思い出せないだろうと諦め、窓を開ける。今更気付いたが、どうやらここは個室のよう。


「…寒っ…」


 開けた外は思いの外寒く、息が凍るほどだった。そんな息は冷えた空気に消えていった。目を閉じて小さく冷たい空気を肺に入れると、ふと聞こえた声。心を掻きむしるようなそのメロディー。 すると、ガチャッと扉の開く音がした。
 後ろを振り向くと、鞄を手に持ってこちらを驚いた表情で見る少女。

 あぁ、君だったんだ。


「…か、えで…」


 涙を流しながら、彼女は手に持っていた鞄を落として俺に抱きついてきた。薄手の俺としては早く窓を閉めたいところだったけれど、彼女に抱きしめられるならそれでもいいかな、とか思っている。頭の中がピンク色の思考になっているところで、俺の腕の中で泣いていた少女が顔を上げた。


「ほんとに、楓だよね…」


 確かめるように、はらはらと涙を流しながらそう尋ねてきた。人の涙を、こんなにも綺麗だと思ったのは初めてだった。


「そーだよ。むしろ、それ以外に見えるの」


 そう彼女に尋ねれば、首を振って否定の意を示した。


「良かった」


 事の顛末はわからないままだが、あの歌は何だったんだろうと、歌っていたのは誰だったのだろうと、不思議に思う気持ちだけが強くなっていった。


「遊木は」
「なぁに」
「遊木は、子守歌を知ってる」


 首を傾げてそう聞けば、思い出そうと眉を顰めた後に、これもまた否定の意で首を横に振った。


「子守歌がどうかしたの」
「夢を見たとき、聞こえたんだ。それと、さっきも」


 そう言えば、彼女は笑って抱きつきながら口を開いた。


「きっと、楓を起こすために歌ってくれたんだね」


 寝ない子供に聞かせる優しい歌を、寝過ぎた子供を起こすための歌に変えないで欲しいな、と苦笑いで言った。どこかで聞いたことがあると感じたあの曲は、何だったんだろう。ただ、それは気になった。










――――――――――…Lullaby END(20111222)
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作品名:短編集 1 作家名:海山遊歩