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親子丼のない店

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「なんだこの親子丼は!しょっぱいじゃないか!」
その店で親子丼を注文すると、必ずそんな怒鳴り声が聞こえてきました。

そんなはずはないと思いながらも、店主は親子丼を食べてみました。
すると本当にしょっぱいのです。

店主もこの道は長いので、調味料の配合を間違えるわけはないのですが、万が一の可能性もあるので、今度は計量スプーンで計って作ってみました。
しかし、またしてもしょっぱいのです。

「なんでやねん!」
店主はバリバリの江戸っ子ですが、思わず関西弁でつっこんでしまいました。

よほど興奮していたのか、その後も関西弁が直ることはなく、
「もうええわ!」
と、親子丼をメニューから外してしまいました。

それに対する客の反応は特にありませんでした。
がっかりする者がいるわけでもなく、復活を願う者がいるわけでもありませんでした。

皆、親子丼がしょっぱいことを知っていたので、
「やっとなくなったのか」
と思っていました。

店主は親子丼の代わりに、いとこ丼をメニューに加えました。
これなら大丈夫だろうと店主は思っていました。
しかし味が濃いと評判は今一つでした。

店主はまた確かめてみました。
やはり味は濃く、調味料を計って作っても同じでした。

「なんでやねん!」
店主はつっこみのキレがよくなっていました。

今度はいとこ丼をメニューから外し、はとこ丼をメニューに追加しました。
「今度は頼むで」
店主はすっかり関西弁が板についてきました。

しかし、はとこ丼も味が濃いと評判はよくありませんでした。
店主は確かめてみましたが、やはり「もうええわ!」という結果になりました。

「やめさせてもらうわ!」
店主は関西弁を完璧にマスターしました。

店主ははとこ丼をメニューから外し、新しいメニューは追加しませんでした。
客は口には出しませんでしたが、
「いとこ丼あたりで、そうしたほうがよかったんじゃないか」
と思っていました。

そして、ある日のことです。
店に一人の男が入ってきました。

店主はいつものように、
「いらっしゃ〜い」
と桂三枝口調で言いました。

男は親子丼を注文しました。
店主は親子丼は置いていないと言いました。

すると男は、
「親子丼なんて、とり肉煮て、卵でとじちまえばできるだろうが。いいからさっさと持ってきてくれよ」
と言いました。

店主は怒って、
「何を言う!早見優!」
と言い返しました。

すると男は、
「なにこの店、まじダリィ。まじダルビッシュ」
と言い残し、店を出ていきました。

しばらく親子丼のことは忘れていた店主ですが、それをきっかけに親子丼が気になり始めました。
「親子丼のことはもう忘れたほうがええ」
と頭では分かっていても、どうしても親子丼のことを考えてしまいます。

しかし店主はこうも思いました。
原因が分からないからモヤモヤしてるんだ。
だったら解決してしまおう。

店主は、店にあるとり肉と卵をあるだけかき集め、親子丼を作りまくりました。
しかし何度やってもしょっぱいのです。
むしろ前よりも味が濃くなっていました。
店主は参ってしまいました。

「トゥナイトはオールナイトやな」
と店主は思いました。

そして、ふと思いました。
目を見張らせていたのは調味料だけで、材料はノーマークじゃないか、と。

店主は材料に目をやりました。
すると、とり肉と卵から足が生え、調理台を歩き回っているのです。
そして何やら声も聞こえます。

とり肉からは、
「1、2、son!」
卵からは、
「お父ther!」
という声が聞こえてきました。

そしてお互いを見つけたのか、抱き合ってワンワン泣き始めました。

店主はようやく気づきました。
この涙の塩分が味を濃くしているのだと。

原因が分かった安堵と眠気から、店主は意識を失いました。
そして菜箸を頭の上でクロスさせ、床に倒れ込みました。
倒れた拍子に鍋やボールが壊れました。
そのときの店主の顔は、満足そうに微笑んでいるようにも見えました。

そうして『親子丼な夜』は幕を閉じました。

その後も、店に親子丼が復活することはありませんでした。
しかし親子丼を出せない分、その穴埋めをするように、他のメニューに力を注ぎました。

料理はさらにおいしくなり、雑誌にも取り上げられました。
そのお陰で客が増え、ますます店は繁盛しています。

「まいどおおきに!」
親子丼のない店は、今日もお客さんで溢れています。

〈完〉
作品名:親子丼のない店 作家名:藻(も)