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March 5th 2032

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死すらかつ味方にあらず、いわんや生をや、だよ。
 同僚の先輩がそう言っていたのを覚えている。もともとまっとうな職についていて、治安保全委員などにはならないような、その職種でもエリートに入るうちの人だった。職種は確か、システムエンジニアか何かだった気がする。個人プレーで社内で言葉を交わす人もなく、無論、友人などはいなかったらしい。職場は基本、キーボードをたたくところであって人とコミュニケーションをとるところにあらず。だからと言って業績がそのまま個人に反映されるわけではない、
 一つのことに秀でた人々がより集まって一つのソフトを完成させる。他人が作る部分は他人が作る部分であるから協力しない。先輩いわく、自分がロボットになってしまったように感じたそうだ。右から左へ、ベルトコンベアーにのせられた商品をかた付けるように誰と話すでもなく仕事をこなす。家に帰っても人はいない、規則的に食事をし、ねむり、職場に行き、誰かの言ったことを自分では何も考えずにこなし、帰り、食事をし、ねむる。
 そこに不幸はなかったけれど、幸福もなかった。時々息をしているかもわからなくなった。
 彼はそう言った。それはそれでよかったんだよ。不幸じゃなかったんだから。
 しかしその生活も終わりを告げる。度重なる残業とパソコン疲れのせいかある日突然世界がゆがんで見えた。とてもではないが液晶画面などのぞけない。不可抗力的に彼は仕事をやめた。同僚の名前も顔も、一人も覚えていない。彼はそう言った。
 再就職先を探すにしても目が悪ければどうしようもなかった。眼科ですすめられた通り、アパートの屋上にのぼって外を眺めた。コンクリートの塊ばかりで何も見えなった。むしろ、屋上から下を見下ろしたほうが何かか見える気がした。むしろそこから飛び降りることがとても自然なことのように思えたのだそうだ。彼は実行し、失敗した。右足の骨が砕けた感じがしたが、それでしまいだった。
 夜で誰も見ていなかった。救急車を呼ぶのもあほうな感じがした。それで左足だけで部屋に戻った、右足を放置したままで、そのままひきこもった。
 死のうか、と思った。このまま自分が死んでも誰も気がつかないことだろう。両親とは長い間連絡をとっていない。むしろ仕事もしないでひきこもって、2ちゃんねるに行ってあたりちらすように時事問題に適当な文句を言って、そんな塵のような人間が、今から死にます、と言えば世界はむしろ喜ぶんじゃないかとさえ思えた。が、そこまで考えて自殺に失敗したことを思い出した。
 冷蔵庫に入っていた食料品は日に日に減っていった。インスタントラーメンは喰いつくした。右足ははれたままで救急車を呼ぶにも理由を言うのが億劫で、自分でやったと言った後に笑われるのが怖かった。
 ひもじかった。さびしかった。イライラしてガラスを割ってみようかとも思ったが疲れそうでやめた。電気を止められネットがつながらなくなった。
 その当時、彼は、世界のすべてが彼を殺そうとしているように思えた。配達されなくなった新聞が、電気のつかない電灯が、火のつかないコンロが、水のでない水道が、ゆがんだ視界が、傷む足が、空腹が、大家さんのドアをたたく音が、そのすべてが彼に、死ね、と言っているように聞こえた、死ねなったんです。と彼はつぶやいてみたが、状況は変わらなかった。そのうち、彼は死ねと叫ぶすべてのものが憎らしく思えた。好きでこうなったんじゃない、と叫びたかった。逆にすべてを殺したくなった。部屋の前の廊下を笑いながら通る女子大生の、その口をひきさいてやりたくなった。
 それでね、ここに入ったんだよ。
 先輩はそういった。合法的に人が殺せるだろ?
 不思議と人を殺すのだと思えば力がわいてきて、人に笑われながら病院へ行くのも気がひけなかった。なぜここまで放置した? となかばあきれる医者にほほえみで返し、いつか殺して
やるから、と思って耐えた。
 治安保全委員になった先輩は皮肉なことに、新しい職場に入ることで、―人と話すようになることで―人を殺すことに嫌気を持ちはじめた。
 最後に先輩に会った時、先輩は頭痛薬を二種類と、睡眠薬を三種類、精神安定剤を四種類併用していて薬中だった。職場が彼を見放したとき、僕が行く前に彼は薬を大量に飲んで死んでいた。葬式にはだれも行かなかった。
 
作品名:March 5th 2032 作家名:KYom