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クリスマススキーツアー

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クリスマススキーツアー





 全てが混沌としていた。高梨の部屋のベージュ色のソファーで目が覚めたとき、ぼくはなぜそこで眠っていたのかが思い出せなかった。何日か前に両親の家を出たことだけは思い出した。
 観葉植物のあるその大きな部屋が高梨芳樹の住まいだと判った理由は、そこが彼の部屋だったからだった。そこには大きなイーゼルがあり、五十号の風景画があり、その絵の右下にはyosiki takanashi とサインが入っていた。
画面の左から右まで、グレーの水面が描かれている。その下は足元の雑草が描かれている。水面には奥の木立が映っていた。画面中央のやや右側に浮かんでいるボートには読書する可愛い少女。白い帽子を被っているそれが、高梨の妹の有希奈だ。
唐突にドアが開いた。雪が積もっている防寒コートに身を包み、絵のモデルになってから十年後の有希奈が、笑顔を輝かせて入って来た。彼女は大量の食料品の入った白い袋をフローリングの床に置いた。
「こんにちは。お久しぶりです」
有希奈は玄関で脱いだコートの雪をはらいながら云った。
「はい。久しぶりですね。秋元茂樹です」
有希奈は更に眩しい笑顔になってうふふと笑いながら、そんなことは判っていますと云った。
「スーパーに寄って来たんですね」
「そうです。今夜はクリスマスパーティーなの。まだお昼にもなってないんだわ。コーヒーを淹れますね」
「ここでパーティー?」
「そうです。兄は云ってなかったんですか?」
 振り向いた有希奈は台所でコーヒーの支度を始めていた。
「じゃあ、ぼくはどこかへ行くべきですね」
「いいじゃないですか。一緒にイブを過ごしましょうよ」
「あとは誰が来るんですか?」
「アズちゃんと政輝さんと有美さんです」
「……」
 有希奈のかつての同級生と、有希奈の夫と、高梨の恋人だった。
「全部で六人です。どこにも行かないで……」
 コーヒーができると有希奈は歩いて来てぼくの隣に座った。彼女は五年前、ぼくの恋人だった。結婚したのは四年前のことだった。
「アズちゃんがあなたに会いたいって、云ってました。コーヒーを……」
「斎田梓という名前でしたっけ?」
「そう。彼女も小説を書いているの」
「知ってますよ。まだ読んでないけど、受賞してから活躍してるみたいですね。わっ、このコーヒー、最高です」
「そう?……わたしね、あなたの小説のファンなの」
「恥ずかしいです。ぼくのは暇つぶしです」
「昨夜、じゃなくて今朝。あなたの夢をみたわ」
「……それ、本当ですか?……でも、ぼくなんか、毎日です。有希奈さんの夢ばかりみてます」
「本当?」
「本当です」
「嬉しいわ。わたし、あなたとなぜ結婚しなかったのか、不思議で仕方ないの。確かに政輝はかっこいい男だったわ。仕事もできる男だし、家柄もいいし、でも、でもね、生活の安定だけじゃ、駄目なのよね」
 ぼくは立ち上がって窓のそばへ行き、降りしきる雪の様子を眺めた。十五階の窓から見下ろす街並みは、白く霞んでいた。
 いつの間にか有希奈がすぐ傍に居た。
「政輝は浮気してるわ。本当は最初からわたしを愛してなかったのよ。結婚する前からの彼女とまだ付き合ってるみたい。先月なんか、海外出張だとか云って、彼女とヨーロッパを回っていたのよ。わたしはまだ、海外に行ったこともないのよ。ひどいと思わない?」
「……」
 有希奈の嗚咽は長い間続いた。それが途切れたとき、
「あなたとスキーに行きたいな。本気よ」
 急に元気な声で彼女は云った。笑顔になっていた。
「いつ?」
「今から」
「いいね。行っちゃおうか」
「うん」
「今夜は大騒ぎになるよ。この部屋」
「いいの。キスして」
 ぼくは有希奈を抱いた。そして、口づけをした。

           了