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So Wonderful Day

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(3)




『サクヤについて言えば、ありふれたものを喜ぶように思います』
 エツシからの返事は、ジェフリーがメールを送信したその日のうちに届いた。
リクヤの誕生日まで一週間だと言うのに、今だにプレゼントが決まらず、日付変更線の向こうにいる人間にまで頼ることから、かなり切迫した状況だと察してくれたのだろう。
 彼にもリクヤの好みはわからないらしい。双子と言っても二卵性で、育った環境も違うのでどこまで共通しているかわからないが…と前置きされて文章が続いた。
『例えばマフラーや手袋、マグカップ、スケジュール帳などの日常使うものであったり、手製の拙いものであるとか。本人が欲しいものと言うよりも、彼のために選んだと言うことが嬉しいようです』
 エツシの母親は五年前の二月に八十一才で亡くなるまで毎年、サクヤのためにバースデイ・パーティーを開いていたのだそうだ。パーティーと言っても集まるのはエツシの両親、予定が合えば妹家族が来る程度のごく内輪のもので、テーブルに並ぶのはとりたてて料理上手でもない母親の手料理と、同じく彼女の手による不恰好なケーキ。サクヤはいつもそれらを楽しみにしていて、どんなに多忙でも必ず十二月には帰国していたとのこと。多分、家庭的に恵まれなかった生い立ちから、そう言ったごく普通の家族の時間が嬉しかったのだろう。
 エツシの両親が亡くなり、妹家族も転勤や子供の成長と共に忙しくなって、以前のような誕生日の祝い方ではなくなった。二人きりで過ごす誕生日も勿論喜んでくれているが、サクヤは時々、かつてのパーティーを懐かしんでいるようだと、エツシのメールに綴られていた。
 リクヤの兄以外の家族のことや、詳しい生い立ちをジェフリーは知らない。彼はほとんど自分のことを話さなかったからである。話さないことが、良い思い出でないことを想像させた。
 ユアン・グリフィスはよくリクヤのことを甘やかしてやりたい、自分に甘えて欲しいと言った。彼も出会う前までのリクヤを、それほど知っていたわけではなさそうだったが、感じてはいたのだろう。リクヤ自身も気づいていない繊細で、寂しがりやな一面、堅い殻の中に閉じ込められた柔らかな感性を。
『リクヤも、特別なことは何も望んでいないと思います。彼はたった一人の肉親であるサクヤをとても大切にし、愛している。それは新たに家族となったあなたに対しても同様だと思います。でなければ彼が誰かと一緒に住むなど考えられない。あなたが選ぶものであれば、彼は喜んでくれますよ』
――そうか、だからリックはユアンのあのプレゼントを受け取ったんだ。
 ユアンからのどんな高価なプレゼントも、一流レストランでのディナーも決して受け取らなかったリクヤは、マクレインでのミニ・コンサートは開くことを許した。患者やスタッフが喜ぶからと言うのが理由の大半を占めていたとしても、残りの数パーセントはユアン自らがリクヤの為に、金銭に頼らず「汗して」作り上げたプレゼントだったからだと言えないか? たとえリクヤ本人に自覚がなかったとしても。
――まあそれが、一番高価なプレゼントだとも言えるけど。
 ジェフリーは苦笑する。世界の大ピアニストの一人であるユアン・グリフィスの演奏を一晩、それもイブの夜に独占するのだから、これ以上の贅沢があるだろうか。
――だとしたら、チキンの縫合とかも有りかも知れない。
 と考えて、ジェフリーは頭をブンブンと振った。日も無いと言うのに、冗談を楽しんでいる場合ではない。
――でも…悪くない。
 手先は器用だった。小学校の頃は図画工作も、火山が噴火するメカニズムを模型化した理科の課題も、クラスの誰より上手く出来た。ハイスクールで美術を選択したのは、絵はともかく、彫ったり捏ねたり削ったりすることが得意だったからだ。ERの医師になってからはその器用さが、かなり有効だった。
 ユアンの手作りプレゼントには及ばないにしても、「あなたが選ぶものであれば、彼は喜んでくれる」と言うエツシの言葉に励まされ、ジェフリーはようやくリクヤへのバースデイ・プレゼントを決めた。

作品名:So Wonderful Day 作家名:紙森けい