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元旦の再会

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元旦の再会





 帽子を被っている山上啓一が改札口を出たとき、背後から聞き覚えのない若い女の声に「お父さん」と呼ばれた。振り向くとそこに、振袖姿の麻衣がいた。
「明けましておめでとうございます。お久しぶりです」
 麻衣は見事に変身していた。山上は彼女がそんなに美しい女性になっていたことに驚かされた。髪をきれいにアップにしている麻衣は、明るい緑色の着物が非常に似合っている。
「初詣か?」
 山上の心臓はドキドキしていた。
「そう。だけど、十年振りなのに、すぐ判っちゃうんだもの……駅の近くのコーヒーショップで友だちと待ち合わせなの、早く着き過ぎて困ってた」
「何時に待ち合わせなんだ?」
「商店街のドトールに九時……まだ八時二十分じゃないの」
麻衣は駅の構内の時計を見上げながら困り果てたような顔になった。
「ちょうどコーヒーを飲もうかなって、思ってたんだ。一緒に行っていいか?」
 麻衣は眩しいくらいの笑顔になった。
「勿論、いいけど……そうね。一緒に行って、お願い」
 そう云ったときは懇願する顔つきになった。
「俺のほうこそ。あの店まで五分かからないな」
 山上はきれいな麻衣と並んで歩けることが嬉しかった。すれ違う人々の過半数は麻衣の美しさに驚きの眼を向けている。あのひと、芸能人じゃない?などという声も聞こえた。
 長いエスカレーターで地上に下り、更にエスカレーターで地下街に入った。
「本当に十年振りなんだよな」
「そうよ。十年振り」
 十年前、麻衣の母親はひとり娘を連れて家を出ていた。山上は初恋の相手と逢っていた。彼は慌てて妻の実家に赴いたが、義母は会わせてはくれなかった。
「……小学生だったのが、二十二歳になったんだ」
「お父さんは五十歳ね」
 時折振袖姿の女性とすれ違った。麻衣は群を抜いて美しかった。この美人が自分の娘なんだと、周囲の他人に自慢したくなった。
 コーヒーショップで向き合うとすぐ、麻衣の電話に着信した。その通話が彼女を再び困惑させたことが判った。麻衣は間もなく電話を切ると、
「お父さん。せっかくここまで来たから、一緒に初詣、付き合ってよ」
「友だちは?」
「裕子。風邪ひいて寝込んでるって」
「それは残念だな。正月早々から……ああ、あの娘か。畳屋の」
「今はリフォーム会社の家のお嬢様。同じ大学よ」
「今時畳屋もなくなったからな。そうかぁ。お前、大学生かぁ」
「お父さんは?」
「相変わらずタクシーだよ」
「景気が悪くて浮気もできないでしょ」
「……恨んでるだろう」
「そうでもないよ。お父さん、ずっとお祖母ちゃんの家に送金してくれてたんだし……」
「奈津子は、元気なのか?」
「お母さんは生命保険で頑張ってる。毎年海外旅行に招待されてるんだから、老ける暇もないのね」
「まだ四十二だからな」
「お姉さんですか?なんて訊かれるよ。お父さん、彼女と暮らしてるの?」
「ずっと独り暮らしだ……誤解だったんだ。二、三回、初恋の相手とお茶を飲んだだけなのに……」
「そうだったの?ねえ、知ってる?離婚が成立してすぐ、お母さんはわたしと無理心中しようとしたんだよ」
「あいつのことだからな、そういうことは想像したよ」
「あっ!お母さん……」
 着物姿の奈津子は、自分の娘と元夫にはまだ気付いていない様子だった。
元旦から口論でもないだろうと思い、山上はトイレに立ったまま裏口から裏通りへ出た。顔を隠すように帽子を深く被った。
 麻衣は両親を再会させようとしたのかも知れないと、山上は思った。徹夜明けで疲れていた。コンビニで酒とつまみとキャットフードを買い、タクシーに乗った。旧姓に戻った加藤奈津子とその娘が、家に来ることはないだろうと思った。
 玄関を開けると、尻尾を振りながらもうすぐ十歳の三毛猫が出迎えた。
「娘に嘘を云ったよ。お前が俺の彼女だもんなぁ」
 足元の猫は山上を見上げながら「ニャー」と鳴いた。

               了





作品名:元旦の再会 作家名:マナーモード