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御堂さんちの家庭の事情

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「それで禍事のご相談を?ああ、このガルム、もう思い残すことはございませぬ!小若様も、小姫様も、なんと立派におなりになって……!」
 あたしと巽が肩をすくめると、ガルちゃんがあたしの膝の上で感極まったように咽び泣いた。
 記憶にある限り、ガルちゃんは昔からこんな風に時代がかった、おじいちゃんみたいな喋り方をする。特に最近は仕草や言う事のおじいちゃんっぷりにも磨きがかかってて、それはガルちゃん曰く、「我もいい加減年を取りましたので、愚かな人間どもをいびり殺すよりも、小若様や小姫様の御成長に歓びを見出すようになったのでございます」だそうだ。確かにガルちゃんはあたしたちが生まれた時から一緒に居るんだから、犬の年齢で言えばとうに百歳を超えてるおじいちゃんなのだけれど、中身は犬じゃないんだからもうちょっと若々しくてもいいと思う。
「思い残すことないって、ガルちゃん、そこは普通、保護者としては止めるとこだよ?いや、でも実際、悪いことってのは難しいからね。よっぽど覚悟決めてしないとしっぺ返し喰らうから、やめとけば?割に合わないって」
 そんなガルちゃんに軽く言って、ママはベッドの上に転がりながら笑った。
 伸ばしっ放しにしてる柔らかな色合いの金髪が、ベッドの上にふわりと広がって、神秘的な蒼い目がちょっと眠そうに瞬きする。その暮らし方のせいか、それとも元々の体質か。そんな風に欠伸しながらベッドの上で伸びをするママの姿は、とてもじゃないけど四十過ぎのおばさんには見えない。娘のあたしが言うのも何だけど、その気になれば女子高生……はちょっと辛いかもしれないけど、女子大生ぐらいなら通用しそうだ。
「お母さん、寝るなら僕のベッド使っていいよ……っていうか、冱、兄さんが呼んでる」
 そうして、そんなママに優しく言った巽が、直後にぴくっと顔を上げてあたしを見た。
 いきなりな巽の台詞に、「そんな声は聞こえなかったわよ」なんてあたしが顔をしかめた途端、階段の下からお兄ちゃんの声が響く。
「冱ー、巽ー、工事終わったぞー。部屋かたすから、どっちか手伝ってくれー」
 聞こえた声に、ああ、まただ。あたしがむっとした顔をすると、巽は「ね?」なんて首を傾げて笑った。
 巽は、たまにそういうのが……誰かが何かを言う前の「声」が聞こえてしまう能力の持ち主なのだ。ちなみにその能力は、双子の姉であるあたしには備わっていないもので、それが面白くないあたしはわざと大きく溜息をついて見せる。
「ほんと、あんたの能力って嫌よね。というわけであたしには何も聞こえないわ。それ以前にお姉ちゃんに命令する弟って最低。女に労働させる男もダメね、失格よ」
「ええ?お姉ちゃんって言ったって、何分も違わないじゃないか。しかも労働じゃなくて手伝いだし……何か言い方がすごく歪んでるよ、冱」
 そうしつけてきただけあって、巽はなかなか従順な弟だ。そう言って膨れはしたけど、あたしが無視するとふくれっつらのまま部屋を出て、「我も御供いたします!」とあたしの膝を降りて巽の後を追いかけて行ったガルちゃんと一緒に、階段を下っていった。
「へー。最近はほんと、冱がしっかりお姉ちゃんだなー」
 素直に遠ざかった足音を聞いて、ママがクッションを抱えて笑いながらそんなことを言った。あたしは肩をすくめてドリルのページを捲る。
「そりゃしっかりお姉ちゃんぐらいやるわよう。ママがダメな分、弟の教育は姉の肩にかかってるんだもの。大体、あたしがもっと大きくなって最高のレディになったとき、弟が野暮ったいんじゃ興醒めでしょ。巽には何が何でも最高の男になってもらわなきゃ。このあたしに釣り合うような、いい男にね」
「巽なら、放っておいても良い男になると思うけどなぁ。お父さん似だし……あーもー、お父さんに逢いたいなー。なんで今日帰ってこないんだろーもー、帰ってくるってあれほど約束したのになーぁ」
「急な出張があったんですって。明日はイヴだからケーキ作りに死んでも帰るって言ってたじゃない。ママ、ちょっとはガマンしなさいよ」
 本当は今日の工事にあわせて帰ってくるはずのパパは、仕事の都合で今朝になって急遽予定変更して、明日の朝に帰って来ることになっていた。おかげですっかり今日パパに逢えると思い込んでいたママは、ひそかに拗ねまくっていて仕方がない。
 結婚して二十年はとうに過ぎてる筈だけれど、ウチのパパとママは今でもありとあらゆる意味で新婚カップルのノリを保っている。両親の仲が良いのは悪くないことだと思うけど、パパとママの場合はちょっと度を越してる気がするので、時々始末に負えないのだ。
 そうしてベッドの上をごろごろ転がってぶーたれるママに、あたしがちょっと静かにして、と言おうと思って口を開きかけたその時、階段の下から巽があたしを呼ぶ声がした。
「冱ー!!冱、ちょっと来てよ!!」
「なによ、あんたがいらっしゃいよ!!」
 階段の下からなので声が遠い。あたしが怒鳴り返すと、巽も負けじと怒鳴り返してきた。
「僕、今テレビ運んでる最中なんだよっ!!それで階段上れってのが無理だろっ!!」
「……行ってあげたら?」
 聞こえてきた巽の声に、ベッドに転がっているママが笑った。
 あたしはママをじと目で睨んで、それから立ち上がって部屋を出て、階段の上から下で大型テレビを抱えながら佇む弟の、ふわふわ栗色をした猫ッ毛を睨む。
「で?なによ」
「そんな仁王立ちで見下ろしながら、偉そうに言わなくてもいいじゃないか……あのさ、兄さんがお弁当買ってきてくれって。そこの角のお弁当屋さんで」
「お弁当?」
「うん、お父さんがいれば楽勝だったんだけど、明日の朝になっちゃっただろ、帰ってくるの。で、夜中庭に家具出しっぱなしにしとくわけにもいかないし、家具運んで部屋片すのに手一杯で、兄さん夕飯作るヒマないんだってさ。だから今日はちょっと手抜きだって」
「あんたが行ってきなさいよ。あたしママの相手しながら宿題片付けるので精一杯」
「だーかーらー。兄さんがお母さんも連れてけってさ。お母さん、そろそろお腹すかしてくる頃だし、退屈してるだろうからって」
「…………」
「イヤなら僕がお弁当買いにいってもいいんだけど、でも代りに冱、下で兄さんの手伝いしてよね。ちなみに、僕まだ食器棚動かしてないよ。テレビ台もチェストも」
「〜〜〜〜〜〜っ!解ったわよッ!」
「冱がかわりに一人で動かしてくれるならそれでもいいけど」とか無駄にニッコリ巽が言うので、あたしも答えて怒鳴り返した。
 さすがお兄ちゃんだ。あのママの面倒を、十年見てるだけある。ここまでママの思考を読めるのは、後はパパぐらいのものだろう。パパはママの思考を読むだけじゃなく、更に先回りするのが凄いところで、これは家族の中ではまだ誰もマスターしてない秘技なのだ。
「すごい。嵐よく解ったね」
 大分従順な弟になってきたと思ったのに。巽の生意気な態度にぷりぷりしながら部屋に戻ったら、「息子なのにお父さんみたいだ」なんてママがびっくりしてるから、あたしは思わず溜息をついた。
「ママが単純すぎるのよ。……お弁当、買いに行く?」