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honeyginger au lait :prologue

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prologue :blue soda



 白いコートの裾を慣れない手付きで押さえ、初めて身に付ける女物のロングブーツに、トモは苦戦していた。サイドの髪がはらりと視界を遮り、思わず掻き上げた指が、細身のカチューシャにぶつかる。
「もう。」
 乱れた髪をそのままに、何とか片足だけを収め、トモは慎重にファスナーを上げた。
「あっ。」
 高めのヒールにバランスを崩し、今度は小さくよろけてしまう。様子を見兼ねた実果子が、そばにある椅子を差し出した。
「これ使って。」
 アンティークの丸椅子に、トモは目をやり、そのまま瞳を上げて叔母の顔を見詰めた。その椅子は普段、実果子がこのエントランスで使っているものだった。
「座って履けばいいのよ。脱ぐ時も気を付けて。」
「ん…わかった。」
 トモは大人しく椅子に腰掛け、神妙な顔付きで、まっさらなブーツの片方を引き寄せた。
「ダンサーに復帰したんだから、これぐらい着こなさなきゃ。」
 透き通るドロップを耳元に煌めかせ、実果子が笑った。その指で、さっとトモの髪を整え、カチューシャのずれを直してやる。
「まだリハビリ中だよ。」
 トモはつんと唇を尖らせ、白い足先をブーツへ滑り込ませた。
「サイズはどう?」
 笑顔のまま、実果子が訊ねる。
「うん。ぴったり。」
 トモが素直に答えた。彼が身に付けているものは、ただ一つの装飾品を除いて、昨夜の急な要望を受け、実果子が揃えてくれたものだった。
「ねえ。」
 ふと、トモのピアスに、実果子が触れる。
「今夜は…リュウと二人きり?」
 小さな真珠が、丸い光をはじく。
「ううん…。」
 小ぶりだが上品で、こうして女を作り上げている甥の耳元に、良く似合った。
「シオンも一緒。」
 トモの瞳が揺れる。
「シオンのウチで年越しして…明日は神宮へ行く。」
 トモは抑揚無く言葉を並べ、壁に嵌め込まれた姿見へ視線を移した。
「トモの事…知ってる子よね?」
 実果子の手が、甥の頭を撫でる。
「うん。リュウよりも…先に知り合った。リュウの幼馴染み。」
 鏡の中の澄ました顔を見詰め、実果子は微笑み、その上唇を小さく突付いた。
「友達だよ。シオンは。」
 余分なグロスを、指先で拭ってやる。
「シオンくん、どこに住んでるの?」
「広尾。」
「じゃあ近いわね。」
 トモはうっすらと唇を開き、薄明かりに照らされた、少女のような顔立ちを眺めた。
「ちょっと待ってて。」
 急に実果子が声を上げ、何かを思い出したように、クローゼットルームへ戻って行く。トモは一度、叔母を振り返ると、静かに脚を揃えて立ち上がった。鏡に向かい、着飾った全身を映し込む。
 ハイウエストで絞り、女らしく裾が広がるショート丈のコートに、ミニスカートの赤い差し色が覗き、艶やかなロングブーツが優しく足元を包む。トモの円い瞳が、好奇の色に見開かれる。
「コートとブーツ、白で正解ね。」
 廊下の奥から、実果子の明るい声がした。
「トモのリクエスト通り、白ウサギちゃんを完成させるわ。」
 毛足の長いファーの小物を手に、実果子がエントランスへ戻って来る。
「こっち向いて。」
 察して顎を上げたトモの襟元に、ケープをふわりと巻く。
「ラビットだから…これで正真正銘のウサギちゃん。」
 白く柔らかな肌触りに、トモはようやく、満面の笑みを見せた。
「似合ってる?」
「似合ってる。似合ってなきゃ、こんな格好させないわ。」
 スタイリストを仕事とする実果子は、屈託無く笑った。
「明日は冷えるみたいだから、これも持って行きなさい。」
 鏡から目を離せずにいるトモの手に、実果子は帽子と手袋を渡した。スワロフスキーに飾られた指先や、緩く巻かれた女らしい髪型を隠してしまうのが嫌で、トモが渋ると、実果子はトモの小さなバッグを開いて、小物たちをしまい込んだ。
「初詣に行く時は、ちゃんと身に付けるのよ。」
 保護者の一面を覗かせる実果子に、「わかってる。」と、トモは一つ吐息を零し、胸元に流れる髪を細い指先で摘んだ。
「トモ。」
 呼ばれて、トモは顔を上げた。
「何かあったら、いつでもここに帰って来なさい。」
 実果子の腕がそっと甥を抱き、頬に唇を寄せる。トモは安堵したように実果子を抱き返した。
「わかった。」
 頬に口付け、しっかりと感謝を告げる。
「楽しんで来て。リュウによろしく。」
 トモは姿勢良く踵を鳴らし、ドアの外へ出ると、普段通り見送ってくれる叔母に笑顔を向けた。




:to be continued.
first update ;2012/2/12/21:47
作品名:honeyginger au lait :prologue 作家名:enjun