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吾輩は化け猫である

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魔 性

「吾輩は有り内な飼われ猫ではなかったのだな」
 重苦しくなってしまった空気を和らげようとして話題を模索した結果、口を突いて出たのはこれだけだった。魔性を抑えるための儀式を終えた直後であるため拝み屋は目を閉じて深い呼吸を繰り返すばかりであったが、吾輩は構わずに話し続けた。
「今まで考える事を避けていたのであるが、吾輩は何物なのであろうか? 魔性とは一体何であろうか? 拝み屋よ、教えてはくれまいか」
「あんたはんは、仙狸(せんり)や。八百年以上生きてはる“化け猫”なんや。肉体を作りかえる際に手違いがあってな。こないなややこしい事になってもうてるねん。魔性ちゅうのは、本来持つ事がない、“知性”や“理性”といった性。それらをまとめて“魔性”と呼ぶんや」
「だとすれば、吾輩の魔性を抑え続けるのは不可能ではないのか? 人語を解する“知性”は紛れもなく“魔性”であろう」
「抑え続ける必要なんかないねんけど、魔性を制御出来る様になるまでは垂れ流しになってるわけやから、良くも悪くも影響を与え続けてしまうねんよ」

「具体的に吾輩はどうなるのだ?」
「完全に魔性が目覚めたんなら、風より速く走れたり、姿を変えられたり、他にもいろいろ出来る様になる。手違いの影響で記憶が無いみたいやけど、それも元に戻……」

 拝み屋から自身の何たるかを知り得た吾輩は、烈しい動揺を治め切れぬまま我が主人の下へと帰り、吾輩の不徳さ故に我が主人との相仲に歪みを生じさせてしまったのである。

 吾輩を呼ぶ声がする。されど吾輩はその声には反応しない。
 吾輩の持つ魔性が我が主人のストレスと反応し肥大を加速させている。そしてその肥大化したストレスは吾輩の魔性に影響を与えその力を増大させてしまう。
 互いに互いを増幅しあっているということだ。吾輩と我が主人だけならばそれほど大きな問題ではないのであるが、問題なのは我が主人の胎の児である。
 数年前すでに吾輩の魔性が悲劇を招いてしまっていたのである。同じ悲劇を二度と繰り返してはならぬ。それだけは避けねばならぬ。されどすべての元凶である吾輩は我が主人の下を離れる事が出来ず、なるべく接触を減らすことで互いに与える影響を減らすという消極的な方法を選択していた。
 吾輩は胎の児が生まれるまでの我慢であると何度も云い聞かせながら、吾輩を呼ぶ我が主人の声に背を向け続けてきたのだ。

 我が主人が口にする合言葉が胸に突き刺さる。その言葉を耳にする度に吾輩の胸は張り裂けそうになる。ダメなのだ。ダメなのである。吾輩は貴女に幸せになって欲しいのである。貴女の涙は見たくないのである。
 あと一ヶ月。
 そのあとは嫌と云う程に貴女の傍を離れずにいよう。
 だから、今は、ダメなのである。
 吾輩は吾輩を抱く我が主人の腕からするりと逃れ、我が主人のおらぬ部屋へと文字通り逃げ出したのである。

 明くる日、雪晴れの空が青く眩しい日であった。我等猫属は総じて冬というものが苦手である。その点、吾輩も寒いのは大が付く程に苦手であり、魔性であっても猫は猫なのだと不思議な安息を感じながら吾輩の特等席である炬燵の中で昼飯後の一睡をしようと試みた。今日は火曜という日であり、拝み屋は来れないと云っていた。新月は明後日であるし、おそらくそれが最後の儀式となる。
 吾輩は浮かれていた。我が主人に気取られぬ様にひっそりと。
 拝み屋が云うには出産後に数日程入院というものをするらしい。人間とはなんと脆弱な生き物よ。我等猫属は……吾輩は男子であるが故、出産の経験などなかったのである。
「ねーぇ、モー。仲直りしようよぉ?」
 我が主人が炬燵の中を覗き込んできた。
 浮かれているところを見られるわけにはいかないのである。吾輩は反対側から逃げ出したのである。
「モー、待ってよ」
 そう云って立ち上がった我が主人はすぐにその場にへたり込む。
「な……に?コレ……いったぁ……」
 我が主人は苦痛に顔を歪め右手を伸ばして何かを探した。
「なん…でぇ?」
 その声から察するに探し物は見つからなかったのであろう。
 我が主人の顔はさらに歪む。どれ程の苦痛に襲われているのかすら、吾輩には微塵も想像できぬ。
 吾輩に出来ることは吾輩の持つ魔性が我が主人を苦しめぬ様に出来る限り遠くに離れる事しかないのである。
 苦痛に顔を歪める我が主人に背を向け離れる事でしか、我が主人を救うことが出来ないのである!

 何が仙狸であるか!
 八百年も生きておきながら、吾輩は! 吾輩は!!

「何であたし、あんな高いとこ……バカ……」
「ぅあっ!!」

 我が主人の目から一筋の涙が零れた。
 吾輩にはそれを見逃すことなど出来なかったのである。

「お別れって……こと?もう無理って……こと?」

 吾輩はずっと迷っていたのである。
 吾輩は有り内な飼われ猫ではない、と認めてしまえば我が主人と共に暮らすことなど出来なくなると。
 吾輩は知っていたのである。


「モー、助け……て。嫌だよぅ、この子……死なせたくないよぅ……」

 吾輩は我が主人の流した涙に、かつて吾輩の“魔性”が殺してしまった赤子の姿を見出してしまったのである。

 吾輩は自分を守っていたのである。
 吾輩は変化に怯えていたのである。

 吾輩は覚悟を決めたのである。



 吾輩は……






 吾輩は……







 吾輩は化け猫である。


 吾輩は倒れたままもがき苦しむ我が主人を見る。
 我が主人は苦しみながらも吾輩の名を繰り返し呼び続けていた。
 我が主人よ、吾輩はあれだけ逃げ回っていたのであるぞ? 何故にそこまで吾輩を信じて吾輩を受け入れて吾輩を愛してくれたのであるか?
 いや、違う。それはきっと違うのである。
 吾輩が我が主人を愛していただけのことなのである。
 
「吾輩が化け猫であっても変わらず愛して下さるか?」

 吾輩にはそのようなことを訊ねる勇気など無かったのである。

 吾輩は身体を変化(へんげ)させてメモを取り、猫属の姿へと戻して我が主人の手にそのメモを押し込んだ。

 吾輩は我が主人の顔の前に回りこみ、別れの挨拶をしたのである。
 吾輩がこの数ヶ月の間したくても出来なかった挨拶を。

「なぉーーーん」



 おやすみ我が主人。

 さようなら我が主人。

作品名:吾輩は化け猫である 作家名:村崎右近