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最後の雪 -宵待杜#04-

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 彼女はいつの間にかここにいた。
 いつの間にかと言うより初めからと思うように、当たり前にこの店の風景に溶けこんだ。
 多分正確にここに流れる時間を把握することは意味がないから誰も気にしないが、その気になれば店主あたりは「彼女が来てから月が何度のぼったよ」とさらりと答えを口にすることが出来るかも知れない。
「ひなちゃん、ミルクティできたよ」
 蜜月の呼び掛けに、彼女――雛霞はぱっと顔を輝かせて笑った。
 蜜月は、小さな体をちょこんとテーブルに乗せている雛霞の前に、彼女用の小さなカップを置いた。それを両手で抱えるようにして、こくこくとミルクティを飲む。
「美味しい?」
 蜜月が聞くと、返事の変わりにその背中の小さな羽がぱたぱたと動いた。

 真白な羽と、同じように真白な長い髪。
 雛霞の本来の姿はこういうものだ。
 普段はその珍しい羽も隠し、色素の薄い髪も短く変えて、「普通の」姿をしているが。




 まだ蕾が開ききらない春先早く、最後の雪がはらはらと舞い降りた。
「あ、雪だよ。まだ降るんだね」
 蜜月が季節外れの珍しい雪に、窓辺を開け放つ。まだひんやりとした風と共に、ふわりと雪の華が室内へと踊りこんだ。
「寒くないか?」
 店の奥で紅茶用の湯を沸かしながら深景が聞いた。
「大丈夫だよ」
 振り返った蜜月が微笑むが、暁はくるりと大判のストールに身を包むと、風の吹き込まない奥へと移動した。
「あたしはちょっと避難するわ」
「あ、ごめんなさい」
「いいのよ、そのままで」
 慌てて窓を閉めようとする蜜月を、暁が止める。
「もうひとり、わくわくしてるのがいるみたいだし」
「え?」
 暁の指摘に複数の声が重なる。
 彼女の流した視線の先には、蜜月と同じく窓に張り付かんばかりの店主がいた。
「いくら店を開けてない時間だからって、出ていくのは勘弁してね」
「…… いや、出掛けようと思ってたわけじゃ……」
「あるわよね。面白いものを見付けられそうって顔に書いてあるもの」
 畳み掛けるように釘をさされて、店主がかるく冷や汗をかく。
「……ああ、今日は行かないよ」
 宵待杜は基本的に夜にだけ客を呼ぶ。
 だが、特別な何かが引き合うときは、いつであれどこであれ、それはやってくるのだ。
 それを店主が察知したことを知り、暁は仕方ないといったふうに小さなため息をもらした。
「最後の雪が渡る中をいくのもいいけどね」
 ふわりと店主が笑う。
「じゃあマスターの分もいれてかまわないね?」
 深景が茶葉の入ったキャニスターを片手に店主に確認する。
 火にかけたやかんは、もう既にしゅんしゅんと湯気をたてていた。
「深景のお茶を飲む前には出かけられないよね」
 冗談めかした店主の返事に、すかさず暁が鋭い視線を投げる。思わず押し黙った店主に笑いながら蜜月が手をあげた。
「はーいっ! 私バニラビーンズたっぷりのロイヤルミルクティがいいー!」
「了解」
 深景はてきぱきとお茶の支度を整えていく。
 ちょうど、そのとき一際強い風が雪を乗せて室内に吹き込んできた。
「お茶が冷めるから、窓をしめたほうがいいかな?」
 その冷気にぶるりと身体を奮わせると、蜜月が窓辺にかけより、窓を閉める。吹き込んでいた雪が消え、室内に暖かな空気が戻り始めた。
 窓辺から食器棚まで続けて走り、蜜月がそれぞれのカップをトレイにのせる。
「深景ちゃん、カップこっちに置いといていい?」
「ああ……、え?」
 返事をした深景が一瞬固まり、それを見た蜜月がその先に向いて振り返る。
 カップを置こうとしたそのテーブルの上に、小さな子供が、ちょこんと座っていたのだ。
 髪も服も、その背についた羽も、真っ白な少女。
「あれ……? この子、いた?」
 こくんと小首をかしげた蜜月のマイペースさに、暁がくすくすと笑う。深景はしばらく驚いていたようだが、深々とため息をついた。
「マスター、この子が今日の理由?」
 その問掛けに店主はそっと微笑む。
「いらっしゃい、小さな雪の天使さん」
 彼女の来訪を知っていたかのように、彼はそう出迎えた。





 最後の雪と共にやってきた彼女だったが、決して暖かくなると消えてしまうようなものではなかった。
 名残雪も溶け、春がやってきても、彼女はそのままこの店にいた。
 そして、いつのまにかすっかりここに馴染んでしまっていたのだった。
 彼女を運んだ雪のあと、春が告げられたように、この店にもまたひとつ、あたたかな光が増えた。
 そしてまた今日も、この店は来訪者を待つ。
 そこが、在るべき居場所だと導くように。
作品名:最後の雪 -宵待杜#04- 作家名:リツカ