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コーヒーは初恋の味

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コーヒーは初恋の味





 中野清は四十三年間もそのことを忘れることができなかった。それは、彼が十七歳の秋のことだった。
その頃中野が親しくしていた同級生の小泉浩二は、コーヒーが好きだった。中野もコーヒーが好きになった。小泉が小説を書き始めると、中野も触発されてそのようなものを書き始めた。小泉が絵を描き始めると、中野も絵を描くようになった。
小泉は同級生の田代達郎の妹の美奈代に恋をした。小泉はノートに彼女の名を何百回も書いていた。そして、彼の小説は美奈代との恋物語だった。
中野も小泉の小説に登場するその少女のイメージに惹かれた。
中野が初めて田代の家を訪れたのは、その頃のことだ。その家で、中野も美奈代と出会い、恋に落ちた。
美奈代は秀才で、中学校の生徒会の副会長だということだったが、中野は彼女が稀に見る美少女であることに強烈な魅力を感じた。彼女はお下げ髪の少女だった。
その数日後、小泉は精神的に落ち込んでいる様子だった。
「どうした。失恋か?」
「まあな。俺は諦めたよ。彼女には好きな男がいるらしい。お前も諦めろ」
「そうか。中学の生徒会長だな。その相手は」
 美奈代の兄から聞いていたその中学校の生徒会長は、スポーツ万能の秀才で、開業医の息子だという。
 しかし、中野は美奈代宛にラブレターを書いて投函した。
返信がないことに、間もなく中野も落胆した。彼は苦悩の中で憑かれたように小説を書き、絵を描いた。

美奈代からの手紙が中野の元に届いたのは、一年半の時が過ぎて彼女が高校生になってからのことだった。
 
 清さんお元気ですか?私は漸く高校生になることができました。高校生になったら、最初にしようと思っていたこと。それは清さんに手紙を書くことでした。わたしは清さんが好きです。大好きです。この一年余りの間、わたしは兄の部屋に忍び込んでは叱られていました。兄の部屋には清さんが描いた風景画が飾られています。その大好きな絵を見ると、なぜかまぶたから涙が溢れ出すのでした。そして、その部屋には清さんの書いた小説が収録されている文集がありました。それを読んでわたしは、清さんが一番好きな飲み物がコーヒーだと知りました。それ以来、わたしは美味しいコーヒーの淹れ方を本格的に学びました。今では父も兄も、わたしの淹れたコーヒーしか飲まなくなってしまいました。今度の日曜日、ぜひわたしのコーヒーを味見してください。お待ちしています。もしも清さんが初めての味だと思ったら、それはわたしの涙がブレンドされているからかも知れません。

                     了