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セクエストゥラータ

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●Intermezzo(翼の生えた少年)


 とんでもない新入生が入ってきたと思ったものだ。
 サッカー部の新入部員の実力を見るための紅白戦で、赤ゼッケンの二番をつけたそいつは、鳥肌が立つほどのポテンシャルを見せた。
 最前線に張るタイプの選手ではなく、相手の視界から消え、唐突に姿を現して相手守備陣を混乱させる。
 こぼれ球や誰もいないスペース、無計画に相手守備陣の裏側へと出されたボールに対して、フィールド上の誰よりも早く反応し、得点へのチャンスを広げる。
 予測の正確さ、判断の早さ、思い切りの良さ、圧倒的な運動量を支えるスタミナ。ついこの前まで中学生だったとは到底思えないレベルの高さ。
 同じチームに、くさび役のポストプレイヤーと、スペースにボールを供給できるパサーがいれば、その能力は最大限に活かされる。
 ポストプレイは俺が。あとは、アイツの引き立て役に徹することができるパサーがいれば。

 前線に、速く低い弾道のボールが放り込まれた。パスと呼べるものじゃない。無謀なロングシュートを狙った当たり損ないだ。
 赤の二番は、そのボールにさえも鋭い反応を見せ、右肩に近い位置の胸でボールを受けたあと、着地と同時にその右足を振り抜いた。
 ボールは、ゴールへと吸い込まれた。

 あぁ、くそう。
 どうして俺は二年遅く生まれてこなかったんだ。

**********
 翼の生えた少年
 【黒木 信輝】
**********

 俺にとって最後となる高校サッカー選手権大会は、予選である県大会での準決勝敗退という記録に止まった。一つ覚えのサイド攻撃では、それが関の山だということだ。
 俺が望んだ井上とのコンビは、公式戦では一度も実現することなく終わった。
 足の速い選手によるサイド攻撃にこだわった監督は、ゴールへと向かって走りこむ井上に対して外へ流れるようにと指示をしていた。
 部内の紅白戦や練習試合で見せた閃光のような中央突破は、監督の目には指針から逸脱した身勝手なプレイとして映っていたらしい。
 井上は、相手のマークを引きつけて二列目が走りこむスペースを生み出すタイプの選手じゃない。できなくはないが、それでは井上の力は半減してしまう。
 監督がそのことに気が付いたのは、足の速い部員が卒業したあとのことだ。それは俺が卒業した更に翌年。井上が三年生になってからのことだ。
 中盤の北川が供給するボールに、前線の井上が誰よりも早く反応してゴールを奪う。思わず見惚れてしまうほどの連携だった。
 そこに俺が加われたのなら――
 フィールドの外から眺めることしかできない自分を呪う。

 高校を卒業した俺は、父親との約束であった警察官になるため、サッカーをすっぱりと辞めて、警察学校へと進んだ。
 父親は警察官で、階級は巡査部長。
 俺が配属されたのは、地域課の交番勤務。職務は大変だが、特に不満はない。それどころか、非番の日が平日のため、ゆっくりとサッカー観戦に行けるのがありがたい。
 近年の国内リーグを騒がせているのは、世界に通用するポストプレイヤーの田所。
 卓越したボディバランスと、当たり負けしない屈強な身体。いわゆるフィジカル面の能力でいえば、日本トップクラス。
 レベルの高い中盤の選手が氾濫している昨今、日本代表チームの選出は、この田所をどう活かせるか、に重きをおいている。
 世界レベルの相手には、ただ闇雲にボールを放り込むだけのスルーパスなど通用しない。そのため、攻撃に“タメ”を作れるポストプレイヤーの存在が必要不可欠なものとなる。
 日本代表チームの中盤支配力は、この田所のポストプレイによるところが大きい。

 サッカーに対する未練がないと言えば、それは嘘になる。
 俺は、この黒木の家の子供ではない。黒木靖男とその妻・可奈子の間にできた子供ではなく、施設から引き取られた養子だ。
 だから、その恩義に報いるためにも、父親の願いを叶えてやりたかった、という聞こえのいい大義名分もあった。
 物心が付いたとき、俺は施設でサッカーボールを蹴っていた。
 幼いながらも、自分は親に捨てられたのだ、ということを、なんとなく察していたように思う。
 俺が黒木の家に引き取られたのは、五歳のときだ。
 施設を訪れた黒木の父は、ごつごつした手で俺の頭を撫でた。
「今から、私が父親だ」
 よく覚えている。大きな手、温かい手、そして、優しい手。
 俺が施設にいた理由と黒木の家に引き取られた理由、そして、俺の本当の両親について知ったのは、それから十五年が過ぎた、二十歳になった冬のことだった。

 実の母は、歓楽街で小さな店を営んでいたらしい。
 金への執着が強く、ホステス時代には地元企業の社長と愛人契約を交わしていたこともあったそうだ。
 そうした客の中の誰かが、俺の本当の父親。
 胎の子を盾にして結婚を迫ったが断られてしまい、既に堕胎ができなくなっていたがために仕方なく産んだ子供。
 それが俺だ。
 知りたくはなかったが、知ってしまった。そして、俺が知ったそのときには、実の母は既に他界していた。
 実の母は、何らかの事件に巻き込まれて命を落とし、警察官としてその事件に関わっていた黒木の父が、施設に預けられていた俺を養子として迎え入れたということだ。

 俺は父に会いたくなった。父に会って、母が亡くなったこと、自分が息子であること、その二つを伝えたかった。
 黒木の父が言うには、当時の捜査では誰が父親であるのかについては触れられなかったらしい。俺は既に施設にいて、母が巻き込まれたという事件には関与していないのだから、当然の話だ。
「チンピラに興味はないよ、勿論、お巡りにもね」
 そう言って笑っていたのだ、と黒木の父は懐かしそうに当時の母のことを話してくれた。黒木の父は、生前の母に惚れていたのだそうだ。
 結婚するならカタギのお金持ち、という条件に当てはまらなかった黒木の父は、その後も客として通っていたそうだ。
 ある日、今日でお店は最後なのよ、という話と同時に、子供ができたことを聞かされ、その日を最後に母と会うのをやめたと言っていた。
 そうして六年後、通報を受けて現場に駆けつけた黒木の父は、物言わぬ姿に変わり果てた母と再会したのだという。
 母は暴力団の抗争に巻き込まれて刺殺されたということらしいが、十五年が過ぎた現在も、未だに犯人は捕まっていない。
 当時の母を知る人物を一人一人訪ねて歩いたが、俺の父親が誰であるかについては何の手掛かりも得られなかった。ただ一つ、父は暴力団の組員ではないことを除いて。

 そして忘れもしない十一月八日。
 俺が高校を卒業して二年。井上がチームの中心となったこの年、母校のサッカー部は二十二年振りとなる本選出場をかけた県大会決勝戦まで勝ち進んでいた。
 井上は徹底的にマークされ、自由に仕事をさせてもらえない。
 両チーム無得点のまま進む我慢の試合を、俺はスタンドの上から眺めていた。俺があそこにいたらこうするのに、などと考えては歯痒い思いを押し殺し、それでも井上なら点を取れると信じていた。
 試合は延長戦に突入。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近