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Remember me? ~children~ 4

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 初め、美弥はその男を横目に通り過ぎたのだが、咄嗟に腕を掴まれ、近くに駐車してあったバンに連れ込まれてしまった。
 僅か小学生女子の力では、中年の腕力に勝る事が出来なかったのだろう。
 口や手足をガムテープで巻かれ、おまけに目隠しまでされた。
 そこからの記憶は殆どが曖昧で、なんとなく感じていたのは、嫌らしい声と異臭、男が肌に触れた感覚だけ。
 手足が動かない。
 声も上げる事が出来ない。
 狭い空間でジッとしている時が、時間を想定する事さえも諦めてしまう程に長く続いた。
 その後、暫くして美弥は、ようやく手足を自由にされ光を見た。
 しかし、そこに広がっていた光景は、決して彼女にとって幸福なものではなかったのだ。
 見た事もない倉庫だった。
 後ろには、自分をバンに連れ込んだ男の姿がある。
 男の息が荒くなると共に、美弥にとって本当に長くて辛い日々が始まった。
 服を千切られ、臭くて気持ちの悪い男の慰み者にされる。
 こんな事が何日も続いた。

 美弥の精神が完全に壊れ掛けた頃、男は彼女を川沿いの橋の下に捨て、去って行った。
 それから数時間後、近隣の通報により美弥は警察に引き取られ、現在捜索中の少女である事が判明した。



「美弥は、僕の娘だったんだ」
 悲しげな顔をして、オジサンは私を見る。
「美弥も生きていれば、君の様に制服を着られたんだろうね」
「じゃあ、その美弥って子は……」
「自殺したんだ。美弥は精神が回復しきって、警察に自分が受けた男からの虐待を告白した後、手首を切ってね」
 あまりにも衝撃的な事件の全貌を前に、私は彼に対して何も言う事が出来なかった。
 きっと、皓も同じだ。
「こんな事を二度と繰り返してはいけないんだ。だから僕は、かつて流行った口裂け女の噂を利用した。子供達に恐怖感を与え、夕方には口裂け女が出没するから、なるべく早く家に帰らなければならない、という決まり付けを狙ってね」
 この人は自分が悪を演じる事で、子供達に迫る本当の悪を、今まで退けてきたんだ。
「アンチヒーローってやつか」
 皓は唐突に言った。
「アンチヒーロー?」
「そう。香奈は分かるだろ? 仮面ライダーブラックでいうところのシャドウムーンみたいなものだよ。あとは……ブラックジャックでいうところのドクター・キリコとか。大切なものを守る為、自分の信念の為、どんな悪行でもする。まあ、別の角度から捉えた正義の味方ってとこかな」
 皓は本当にそういう話が好きだ。
 正義の味方やヒーローの話になると、いつも目の色を変える。
 ちょくちょく皓のヒーロー談義を聞いているからだろうか。
 なんとなく分かってしまう自分が悔しい。
「アンチヒーローか。でも、それも今日で終わりだ」
「どうして? 今日までここら一帯を守って来たんじゃないですか?」
 オジサンは腕を組み、溜め息交じりに言う。
「僕の職業は、この街の小学校の先生なんだ。でも三週間程前、持病が発覚して手術を受ける事になってね。長い闘病生活になるだろうし、どのみち今日を最後と決めていたんだ。それにもしかしたら、口裂け女なんていなくて良かったのかもしれないしね」
 諦めきっている。
 そんな表情をしているオジサンを、皓は真っ直ぐに見据えた。
「あの……俺、何の取り柄もない只の高校生ですけど……こんな事、誰かに言える立場じゃないかもしれないんですけど……。オジサンのやってきた事、絶対に無駄な事ではないと思います」
 彼は私達に笑顔で「ありがとう」とだけ言い残し、公園を去って行った。
 家族で過ごす、最も幸せである筈の時期に娘を失った彼の苦しみは、その時の私や皓には到底、想像も付かない事だった。
 それでも私達は、いずれ知ってしまうのかもしれない。
 いや、きっと避けては通れないのだ。

  =^_^=

「そんな事があったのか」
 啓太郎は数本のお酒の瓶とグラスを並べながら、怪訝そうに呟いた。
「そう。思えば、皓が人とは少しずれた考え方を、本格的に抱く様になったのは、その頃からだったかも」
「正統派ヒーローよりもアンチヒーローの方に肩入れするっていう、皓の考え方か。確かに、あいつが言ってた事も一理あるな。悪役が必ずしも本当の悪だとは限らない」
「ていうより皓は、人を庇う事を覚えたんだと思うわ。他人のミスを何もかも自分で抱え込んで、庇って……自分だけが悪者になって」
 高校時代から今に掛けて、そんな事を繰り返してきたから、家を出て行くまでの最近の彼は、精神的にボロボロだった。
 それでも優子の前では、自分の惨めな姿を見せまいと強がって、あの子が寝た深夜には、毎夜の様に私に甘えていた。
 互いに身を寄せ合い泣く日々。
 私達の間に確かにいた子、優太。
 その記憶が皓の頭から消えない限り、きっと彼が心から笑える日は来ない。
 それでも、私達は優太の事を忘れてはならない。
 だから後に産まれて来た娘に優子と名付け、決して優太を忘れる事のないよう胸に留めて、日々を過ごしてきた。
 皓から優太の記憶が消える日はない。
 故に、皓が心から笑える日は、きっとこない。
 もう私は、諦めてしまっているんだ。
「ブラックサン」
「え?」
 啓太郎は唐突に、店の名前を口にした。
「この店の名前、大人っぽい雰囲気にしたかった事以外にも、理由があるんだ」
「なんとなく分かるわ」
 ブラックサン。
 それは皓が大好きだった特撮ヒーローの主人公、仮面ライダーブラックの別名。
「世紀王ブラックサン」
「やっぱりね。啓太郎の事だから、そなんところからの引用だとは思ったわ」
 啓太郎は自身あり気に頷く。
「二人とも、好きだっただろ、仮面ライダー。とくにブラックといえば皓が。あいつがこの街に戻って来て、もし、この店のブラックサンって看板を見つけたら、もしかしたら来てくれるんじゃないかって……。そう思っただけだよ。名前なんて、とりあえず付けた様なものだし」
「皓ったら、仮面ライダーブラック大好きだったものね。彼の部屋の本棚の裏、私と優子に内緒でフィギュアが隠してあったのよ。笑っちゃうでしょ?」
「皓らしいな」
 先程から、啓太郎は何やら大きめのグラスに入っている桃を磨り潰している。
それが終わると酒の瓶を数本並べ、壁に掛けられている時計を覗っている。
 時計の針は、もうすぐで十二時を回ろうとしていた。
「そろそろかな」
 啓太郎は言うと、店の入り口に目をやった。
 入口のドアが開く。
 店に入って来たのは、見覚えのある老人だった。
 口周りの所々に生えた髭、顔に浮き出た多くのしわ、かなり年期の籠った薄毛の頭。
 優子や麗太君が通う学校の校長先生だ。
 彼が、ここを訪れる事は私も啓太郎も分かっていた。
 たぶん、知らなかったのは博美だけ。
 おぼつかない足取りでカウンター席まで来ると、彼は私の隣に座った。
「こんばんは」
「ええ、どうも」
 私と啓太郎は軽く会釈する。
博美の方を見た。
 職場の上司が来たというのに……まったく、この子は。
 昔から一度寝てしまうと、なかなか起きないんだから。
「博美、起こしましょうか?」
「いや、けっこう。藤原さんにはいつも頑張ってもらってますから。今日くらいは、ね」
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ