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 荘太は目を瞑り、頭を振り動かした。
「キョンくんはそのことをすごく怒ってた。『俺だけ甘えてたのか』って。私はそれでよかったんだけど。キョンくんより早くに発症して、キョンくんの症状は手に取るようにわかったし、完璧にサポートしていくつもりだった。でも、そんなのフェアじゃないよね。最初に話して、二人で支え合おうって、そういう風にできたら一番よかったよね。──だけど、話せなかった。やっぱり、怖かった。付き合うという決断をすることで精一杯だったの」
「付き合い始めてから、話すチャンスはなかったの?」
「嘘を撤回するのにも、すごく勇気が必要だから」
「色と嘘は重ねれば重ねる程黒くなるんだよ」
 はあ、と奈津紀がため息を吐く。
「過去に戻りたい。──なんだっけ? あのキョンくんの好きな」
 なんの話だろう。荘太がきょとんとしていると、奈津紀がテーブルの上に置いたスマートフォンを、顔だけを近付けて覗き込んだ。
「時間、大丈夫?」
「ああ、うん」
 荘太も携帯電話で時刻を確認する。午前十時五十分。十分前か。
「とにかく隠しててごめん。それだけ言わなきゃならなくて」
 奈津紀が早口に言う。荘太は、「大丈夫だよ」とゆっくり頷いた。
「話してくれてありがとう。ただ──」
「ただ?」
「どうして今日なのかなって」
 それは、と奈津紀が微笑む。
「特別な人の特別な人は、特別な人でしょ?」
 ああ、そうか。僕たちはもう──。
 一陣の風が吹いた。冬が始まるんだな、と荘太は思った。白くて、暖かい冬が。
 コーヒーと鞄を持って席を立ち、「じゃあ」と奈津紀に声を掛ける。二、三歩歩いたところで、「ん?」という声が聞こえた。立ち止まって振り向くと、奈津紀が荘太の進行方向とは逆を指差していた。
「タワレコはあっちだよ?」
「お気に入りの店が北町にあるんだって」
 奈津紀は再び微笑んだ。

     (三)

 扉を開く。と、次の瞬間に、智子はそれを認めた。
 店の中央、一番目の付く所に、円形テーブルで特設コーナーが設けられていた。おそらく女性の店員が書いたであろう可愛らしい文字のポップが目に飛び込んできた。
「西川響介、デビュー」
 発音してみる。
 夢と現実の境目がおぼろげになったような浮遊感に見舞われる。
 足は店内へ。記憶は七年前へ。ゆっくりと進んでいく。

 二〇〇五年四月、高校三年生の春。ある日の休憩時間に、隣のクラスの彩が慌ただしく教室に入ってきた。
「うるさいよ、彩」
「智子! 知穂と世里香は?」
「あそこ」
「ちほー! せりかー!」
「だからうるさいって、彩」
 四人が揃ったのは久しぶりだった。とはいっても、一週間やそこらの話だ。二年生の時はみんな同じクラスで、いつのまにか常に行動を共にするようになって、春休みもよく四人で出掛けた。三年生になって、彩だけが違うクラスになり、彼女はきっと新しいクラスで居場所を作るのに奮闘していたのだろう。始業式よりこっち、とんと姿を見かけなくなった。
 智子の机を取り囲むように立つ三人。なんとなく居心地の悪さを感じて、智子も立ち上がろうとしたその時、彩が机の上に一枚のフライヤーを、ばん、と置いた。
「第一回全国高校軽音楽選手権大会?」
 舌足らずな声で、知穂が読み上げる。
「いわゆるあれよ、バンドコンテスト」
「で、これがどうかしたの?」
 クールビューティーの異名に違わぬ冷めた態度で、世里香が尋ねる。
「出るのよ」
 はあ? と智子と知穂が声を合わせる。「なんでよ」と世里香が静かに突っ込んだ。
「前からやりたいなって思ってたんだ、バンド。四人で始めよ、ここ目指して。ね?」
 彩がフライヤーに書かれた『Zepp Osaka』の文字を指差す。
「あのね……、受験生だよ? 私たち」
「えっ、智子進学すんの? ていうか、そんな先のこともう考えてんの? すごっ」
 考えてないあんたがすごいよ、と智子は知穂を目だけで見上げる。
「だったら尚更じゃん。高校生活最後の思い出作り!」
 高校生活最後の思い出作り。悪くないかも、と少し思ってしまった。智子は小学校と中学校でそれぞれ一回ずつ転校している。転校した直後、必ず思うことがあった。もっと思い出作りをしておけばよかった。仲のよかった同級生の顔を思い浮かべては落ち込んだ。二回の転校で残ったものは、すぐに新しい環境に溶け込む社交性だけだった。
「あたしギターやりたい!」
 知穂が挙手する。
 ギターがいくらするか知ってる? 練習しないと弾けないんだよ? 頭には浮かぶが、声に出す気にならない。知穂の考えはハーゲンダッツより甘いのだ。
「ギターは知穂ね。因みにボーカルは私だから。──世里香は? なにがいい?」
 おいおい、話が進んでるよ、しかしここまでだ、と世里香の方を見ると、目が合った。世里香はこちらを向いていた。淡々とした口調で、そして言った。
「智子は? 私は余ったのでいいよ」
「マジ……?」
「うん。智子が先に決めな」
 いや、そういうことじゃなくて……。
 休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。続きは昼休憩ね! と彩が言い残して教室を去る。心の中でもう一度言う。マジ……?
 昼休憩の図書室は閑散としていた。長机を挟んで、智子と世里香、彩と知穂で向かい合わせに座った。真面目な会議の様相を呈した。
「まずはバンド名を発表します」
「もう決まってんの?」
 すごー、と知穂が感嘆の声を上げると、ふふん、と彩は見る人が見れば殴りたくなるような憎たらしい笑顔を作った。
「バンド名は『戦略的撤退』」
「どんな意味が込められてるの?」
 世里香が静かに尋ねると、彩は「意味なんてないよ」とあっけらかんと答えた。
「昨日雑誌読んでたら出てきて、語感いいな、と思って。──でも聞いて。『戦略的撤退』って漢字じゃん? だからメンバーの名前も漢字表記にすんの。彩、とか、智子、とか。恰好よくない? 英語だと、なんか普通じゃん?」
 ふうん、と世里香が頷く。慣れていない人は、彼女が話に興味をなくしてしまったのかと勘違いをするけれど、そうじゃない。
「最初はコピーからだよね。──というわけで、続きまして、課題曲を発表します」
 ぱちぱちぱちー、と知穂が手を叩かずに拍手を表現する。
「木村カエラの『リルラ リルハ』」
「木村カエラのリルラリ、なに?」
「知らない? 今すっごい流行ってるよ。ボーダフォンのCMあんじゃん? あれに出てるのが木村カエラで、流れてるのが『リルラ リルハ』」
 彩が世里香に説明するが、智子も知らなかった。黙っているところを見ると、知穂も知らないようだ。
 突発的この上ないな、と智子は呆れる。昨日読んだ雑誌でバンド名を決めて、今現在流行っている曲を課題曲にする。勢いだけで、話が進んでいく。
「五組の斉藤くんいるじゃん? 大人の人と混じってバンドやってる子。あの子に『リルラ リルハ』を楽譜にしてって頼んでるんだ」
 ──いや、それにしたって段取りがよすぎる。
 智子は、はたと気付く。ここ最近、彩が姿を見せなかったのは、新しいクラスで居場所を作るために奮闘していたからではない。バンドの計画を練っていたのだ。
「あっ、ちょっと待ってて」
作品名:ディレイ 作家名:宇城和孝