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お菓子は非常食

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軽やかな約二人分の足音。
 それが止まったと思うと、両肩をポンと勢いよく叩かれた。
 それに振り向けば。

「トリック オア トリート!」

 朝早いと言うのに、彼女達の元気の良さにはため息も出ない。
 妙に発音のいい声色で(英才の紫蘭(しらん)に扱かれたのだろう)、飛び出すように廊下の角から現れた二人。
 スマイリー王子こと、棗(なつめ)と。特別授業で夏季(かき)に来ている鍵盤上の天使こと、桃華(ももか)。

「…………」

 その対象となった、電波少女こと、青葉(あおば)は。無言で暫し二人を見て。左手をポケットへ入れた。

「青ちゃん、なにくれるのー?」

 その仕草に、桃華が緩慢な声色で碧眼を輝かせる。ポケットから出された左手に注目して、棗もずいと両手を出した。そうして、早く頂戴と催促するように手を揺らして。

「どーぞ」

 出された棗の掌に、青葉はポケットから取り出したラムネ菓子を数個落とす。

「お。ラッキー」

 セロファンで巻かれた三種類のラムネ菓子を数えて、棗は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「あたしはー?」

 桃華の手には、鞄から取り出した苺ポッキーを一袋。
 綺麗だが不健康そうなピンクで包まれたそのお菓子を、青葉は当然のように渡す。

「わー。青ちゃん、ありがと」

 それで満足したのだろうか。二人は踵を返すように背を向けて、次なる標的(ターゲット)の元へか、小走りに去っていった。
 青葉は肌寒い風になで肩を竦め、首元で緩めた黒いネクタイを締め直す。日の当たらない校舎内の気温は、然程高くならない。

 教室へ入った青葉は、ボロボロに髪や服を弄られた野球小僧こと、夏生(なつお)の姿を見つけた。その情けない姿を見て。青葉は思わず噴き出す。

「おやおや、なーんにも用意してなかったですか?」
「うるせー」

 昨年の経験を見事に忘れていたらしい夏生は、先程の二人の格好の餌食となったのだろう。
 青葉は、そのボロボロになった黒髪を見て、ククッと小さな笑みを零した。

「お前こそこそ、よく用意してたな」
「忘れてるかと思った」

 そう付け足した夏生を横目に、曖昧な笑みを零して青葉は話を濁す。
 その曖昧な笑みが柔らかく映って、夏生は首をかしげた。
作品名:お菓子は非常食 作家名:狂言巡