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箱篋幽明

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胡麻団子


 甘党である私のことだから、皆さまは信じられないかもしれないが、フラミンゴと私は食にはちょっとばかし煩かった。私と彼女が意気投合したのも、田舎が近く行き付けの中華料理屋が同じだったからだ。その中華料理屋は真珠と言って、私の母が学生の時からあったという。年季の入ったビルの一階に入っていて、それなりに小汚くて、冬は寒いし夏は暑い。ばあさんとじいさんが細々とやってる料理屋が二十一世紀に生き残っているのは、そりゃあちゃんと美味しいからだった。
 夏休み、田舎に帰った私とフラミンゴは、真珠で一杯やることにした。真珠最寄りの駅前で待ち合わせをし、じっとり汗ばむ夏の夜道をビーチサンダルで歩いた。駅からはそう遠くない場所に真珠の入ったビルはある。夏だからと開けっ放しになっている入口を赤いのれんをくぐって入り、案内されなくともボックス席に座った。二人なのにカウンターに座らないのは、中華料理屋のカウンターというのはどうにも脂っぽくて嫌なのと、フラミンゴが食べているところを作った本人に見られたくないと言うからだった。とりあえず、中華料理屋に行ったら必ず頼む、塩炒め、エビチリ、棒餃子の三種の神器と、あんかけ焼きそば、五目炒飯、春巻き、そして胡麻団子を注文した。この胡麻団子は、真珠名物といっていいもので、拳骨くらいの大きな胡麻団子である。
 デザートの胡麻団子を持ってきたばあさんは、そのまま私たちの隣の席に座り、話を始めた。二人とも顔なじみのヘビーユーザーだったのが、初めて一緒に来店したのが気になったという。あつあつでふわふわの胡麻団子を賞味しながら、フラミンゴは私たちが大学で出会った時の不思議な話をし、私はお気に入りの塩炒めをどうにか独り暮らしのアパートでも再現できないか聞いた。
「そうねえ、教えてあげてもいいわ。もうすぐ、この店を閉めるつもりなの」
 私たちは二人して悲鳴をあげ、どうしてなのかとか、まだ続けて欲しいということを訴えた。でも理由は分かり切っている。この店には若い店員がいない。昔からそうだ。たかだか常連の小娘二人が茶々を入れたって、決意は揺らがないだろう、閉店なんて一大決心だ。
「それにしても、二人が並んでいるのを見るなんて不思議な感じだわ。二人とも事ある毎にうちに来てくれたけど、鉢合わせたことすらないんじゃないかしら」
そう言えばそうだ。私は大学で出会う前のフラミンゴには覚えがないし、彼女も私とは大学が初対面だと思っているはず。
「不思議と言えば、首つりを見た後はどうしたの?」
「怖くなって一度ドアを閉めたんですけど、確認にってもう一度見た時には何もなかったんです」
「結局単位も出なかったし。何が起こったかわからず仕舞い」
 ばあさんは興味深そうに頬杖をついて、折れそうなくらい細い足を組んだ。胡麻団子を食べ終わったフラミンゴは行儀悪く指を舐め、私はウーロンハイを一口飲んだ。
「ほら、教室っていうのは箱でしょう? 中に何が入っているか、わからない。だから、そんなびっくり箱に当たったような体験があってもおかしいことはないのかもよ」
「はあ」
「そんなもんかねえ」
 私はゆっくりと胡麻団子を食べながらその後もばあさんと他愛もない話をし、帰り際には厨房のじいさんにも挨拶をして、秘伝の塩炒めのレシピを貰い、お土産にまたあの胡麻団子を持たせてもらって、帰路についた。
 それから数日して、レポートの合わせをするのに会うことになった私とフラミンゴは、夏のうちにもう一度真珠へ行くことにした。待ち合わせは前回と同じく駅だが、前回とは打って変わり昼間だったので、うだるような夏の暑さに弱音を吐きながら、私たちは歩いて行った。その数分後だ、私たちが恐るべき光景を目にするのは。真珠があったあのビルの場所が、さっぱり小奇麗な空き地に変わっていたのである。「売地」の札と、立ち入り禁止のフェンスが張ってあったそこは、昨日一昨日に更地にされたわけではなさそうだった。あれから十日も立っていないが、立札は数か月は雨風に曝された見た目をしていたし、両隣と後ろのビルの壁は、焦げたように黒くなっていた。
 ばあさんは教室を箱だと言った、だから奇妙な出来事があってもおかしくないのだと。箱というのは、外とは別の空間――切り取られた――この空き地のような。
「黄泉戸喫……」
「黄泉のものを食べたらもう帰れないってやつ?」
「私たち、ちゃんと戻れてる?」
 これがあってから私とフラミンゴは所謂「怪異」に巻き込まれることが多くなったように思う。

作品名:箱篋幽明 作家名:塩出 快