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超短編小説  108物語集(継続中)

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 そう、私は某貿易会社の独身サラリーマン、入社して10年、私なりに頑張ってきました。お陰で、給与査定はいつもそこそこ、将来をまあまあ期待されています。
 しかし、ここへきてちょっとネガティブ思考、毎日が味気なくなってきました。そこで一念発起、近未来に結婚し家族を持つことを前向きに考え、今から自分の城を持っておこうと決意致しました。

 だけれども家は高い買い物。勤め人10年の蓄えなんて知れたものです。
 やっぱり無理かと諦めかかった時のことです、駅前の不動産屋の掲示に、高級マンション驚愕の8割引きとあったのです。
 もちろんそれは――訳あり物件。

 だけど私はその安さに飛びつき、早速営業マンに現地へと連れて行ってもらいました。30階の高さのせいか、眼下に公園が広がり、眺望が…素晴らしい!
 とは言っても訳あり物件ですから確認がいりますよね。そこで私は「殺人事件でもあったのですか?」と販売員の顔を覗き込みますと、男は沈黙したまま私を寝室へと案内し、指差しました。

「えっ、穴、うっうっう…、穴?」

 私はその意外さに声を詰まらせてますと、スタッフは「はい、直径80センチの穴、時々ここの壁に貼り付きます。日常生活には無関係だと思いますが、ご心配なら中を覗いてください」と声のトーンを落としました。
 私は奨められるままに恐々頭を突っ込みますと、穴は別に隣室に繋がってるわけでもなく、少し風を感じる深い暗闇だけが広がっていました。「なるほどね」と私が頷くと、男はさらに耳元で囁くのです。

「この穴は友人のようなものでして、毛嫌いすると飲み込まれ、もう二度と出て来れません。不運にも何人かがそんな目に合ってます。しかし、ほどよく付き合ってやれば、タイミングの良い追い風に乗せてくれて、違った時間の世界へと連れてってくれますよ。実は私もこの穴吹時津風(あなぶきときつかぜ)君にお世話になって、時々ズルッとスリップ、そう、タイムスリップさせてもらってます」

 友人、穴吹時津風、タイムスリップ、なんじゃ、それ?
 私は理解できませんでしたが、とにかく値段が魅力で購入致しました。それからは快適な一人暮らしを満喫していました。
 そして慣れというものは不思議なものですね、壁に穴が貼り付いていても気にもならず、むしろ時々感謝を込めて冷えたビールを飲ませてやりました。