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超短編小説  108物語集(継続中)

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「おいでやす、お見受けしたところ、お前さんは彷徨うお侍さんどすな。さあ、このお茶飲んで、こっから峠を越えるかどうか決めたらよろしおすえ」
 女将が湯気立つ茶を差し出してくれた。
 洋介はここは企業戦士らしく「かたじけない」と律儀に返し、零さないように受け取った。

 厚みのある茶碗でどっしりと重い。それでも熱さが充分伝わってくる。洋介はふうと息を吹き付け、表面に幾重もの輪を作る。そしてしばらくそれらが収まるのを待ち、目を懲らし確認する。

「うーん、茶柱は立たずか」
 洋介が残念そうに呟くと、「五里霧中のご浪人さま、いや、まだまだ将来があるはな垂れ小僧さんかな。いずれにしても峠を越えず、元の世界に戻って、気持を新たに生き直す、それも大きな選択なんどすえ」と女将が柔らかく微笑んでくれている。

 もちろん洋介は知っている。人にはそれぞれの現世がある。しかし、それはたまたまその世界で暮らしているだけで、背後には微妙に異なったワールドがいくつか存在することを。

 誰しも経験あるだろう。電車通勤でいつも左から二番目の改札口を通っているが、時に左から四番目を通ってしまう。するとその日は普段とはまさに微妙に違った一日となる。例えば鬼の上司がなぜかニコニコ笑ってる、そんなちょっとずれた世に入り込んでしまったことが。

 つまり、これは今住む俗界から少しシフトした第二、第三の世界にワープしてしまったということなのだ。
 そしてその固定的な入口が、最近話題の『こっから峠』だ。洋介もご多分に漏れず、何かを期待し、頑張って登って来たのだった。