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超短編小説  108物語集(継続中)

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 朝の通勤時間帯、駅のプラットホームは人で溢れている。愼一は今朝も急ぐ人たちに揉まれながら電車を待っている。
 しかし、そんな中にあって、愼一は電車が到着するまでの僅かなタイミングを狙って、向かいのホームを見渡してみる。
 そして今日も見つけたのだ、彼女を。

 年の頃は25歳前後だろうか、肩までの黒髪にすらりと背の高い女性。濃紺のビジネススーツを品良く着こなしている。目鼻立ちを正確に確認することはできないが、とにかく色白で細面(ほそおもて)、なかなかの美人だ。そこから醸(かも)し出されてくる雰囲気、多分エグゼクティヴの秘書といったところだろうか。
 そんな彼女に、愼一は一瞬の間をとらえて小さく手を振った。彼女もそれに応えて、手の平を開き小刻みに振り返してきた。

 もし誰かがこんな二人の無言のやりとりを目にしたら、愛人関係にあるのではと疑うだろう。しかし、愼一は彼女の身元も名前も知らない。もちろんどこの会社に勤めているのかも不明だ。通勤時の混雑の隙間を見つけ、互いに手を振り合う、たったそれだけのことなのだ。

 愼一には妻も子供もいる。そして仕事では最近部長に昇進した。これからが男の本番だ。厳しいビジネス社会で勝ち抜いていくためには、今ここで色恋にうつつを抜かしている場合じゃない。また正直彼女にはそんな感情を持っていない。
 互いに手を振り合う、それは「今日一日頑張ろうね。また明朝、元気で会えたら、生きてることに感謝しよう」、そんな朝の挨拶のようなものだ。彼女も同じように感じているのか、「私、今日という日を大切にするわ」、そんな前向きな気持ちが伝わってくる。