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超短編小説  108物語集(継続中)

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「すいません、それと、これください」
 まずは目に付いたものの中から選び、指さすと、店員はすかさず「赤かぶらと桜漬けですね」と確認し、手渡してくれた。それを受け取り、今度はおもむろに「あれください」と告げる。

「ええっ?」
 店員は小首を傾げ、しばし沈黙。そしてやおら「お客さん、あれって?」と高見沢の顔を覗き込んでくる。
 高見沢はこんな反応に少したじろぐが、「白くって、ペタペタと薄い……」とまずはそのあり様を説明し、それから自信たっぷりに言い切る。「その、あれですよ」と。
 これじゃ何のことかわからない。店員は口を開けたまま、ポカンと放心状態に。

 そこそこ歳を取ってしまった高見沢、きっと指示代名詞の「あれ、これ、それ」に取り憑かれてしまったのだろう。そのためか、いつも会話は「あれ、これ、それ」のてんこ盛り。
 だが、さすが漬け物屋の若い店員さん、「白くって、ペタペタと薄い」を三回繰り返し、「ああ、千枚漬けですね」と優しい笑顔でご名答。

「ああ、それが……、あれですよ」
 高見沢はお決まりの指示代名詞で答え、ニッコリとする。

 こんなサラリーマン高見沢一郎を、もし横から見ていたら、「たまには会話の中に名詞を入れろよ!」と文句の一つも付けたくなる。だが当のご本人は、妻の夏子から指示された「あれ」を買い求めることができて、とにかく嬉しそう。
 その結果、赤かぶらと桜漬け、それに千枚漬け、これらの漬け物を小脇に抱え、家路へと急ぐのだった。