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佐々川紗和
佐々川紗和
novelistID. 31371
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的を射る花

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「クライシ!飛び抜けてるぞ!」
先頭を走っていたユイチ・クライシは教官に名指しで怒鳴られ、すぐに後ろを見た。二列で走るはずの相方がやや左後方に下がっている。否、自分の後ろを走っている奴とも間が開いていた。自分の速度が早すぎると気付いて徐々に列へ戻っていく。ほんの人ひとり分ほどの差だったが、先頭としての速度調節を厳しくチェックされていたようだ。
「はっ……はっ……くそっ」
ユイチの所属する普通科は体力作りが非常に重要な科。
重りを持って一日中走り回って散々筋肉を使った後、屋外訓練の終わりを飾るのは隊列を崩さず長距離を走りぬくことである。
生徒たちは学校の広大な訓練場を美しい二列並びで走らなければならない。前後左右それぞれが少しでも速度を間違えれば、直ちに後方へ影響が出てしまう。身体的辛さに加えて隊列を乱さぬように集中力も必要とする訓練だ。
『では十周。終わり次第今日の訓練は終了でよろしい。行け!』
ユイチは数分前に教官が言ったことを脳内で反芻していた。
時刻は午後五時。朝の五時に起床し、七時にはそれぞれの所属場所で訓練開始の鐘を待つ生活を送っている。夕方になると生徒たちは皆、疲労困憊が当たり前だった。
そんな中でも自分のペースで走れるユイチは体力には少なからず自身がある。周りが続いてくればいいと言いたいところではあるが、隊列の訓練で自分だけ大口叩くわけにもいかない。先ほどまでは早く走り終えることを考えていたが、列を乱さぬように気をつけなければならない。
日によって訓練内容や列を変えるために、ユイチが先頭を担当することはあまりなかった。なんて面倒だとユイチは内心いらついた。
「っは……これで十だな」
教官の立っているところまでは残りおよそ二〇〇m。ユイチは自分の左を走るハドリ・テンドウに周回数の確認をした。
「おう……もう終わりだろ……はっ……」
ハドリからは声で返事があった。いつもなら隣になった相方に「今何周?」と聞いても指で示すことが精一杯で、話をする余裕などないようだった。
教官の前まで走り進めると列は徐々に足を止めていく。それまでの美しい隊列が徐々に乱れ始めた。
後方まで走り終えたのを確認するとユイチは「整列!」と声をかけた。隊を率いる、これも先頭の仕事だ。すぐさま元の位置にきれいに並び直すも、全員が大きく肺を動かしているためどこか慌ただしい。教官は号令から整列するまでを鋭い眼でくまなく確認した。少しでもへまをすれば射抜かれてしまいそうな緊迫感がある。
「本日の訓練は終了だ、各自解散しろ」
「はい!」
ほとんどが声を絞り出したような返事だった。それでもきちんと返事をしなければ怒鳴られて追加で五周走らされたりするため、皆必死に声にならない声を振り絞った。
教官が満足したようにうなづくと、緊張の糸がほぐれたように皆が大きく息をついた。
全員がまだ呼吸が乱れていていたる所でうめき声のようなものが響いていた。
ユイチとハドリはそのまま訓練場の端に座ると数秒もせずに話始めた。
「ハドリ……今日行く?」
「あー、行くか……お前、行きたいんだろ」
「ん。ぼちぼち、用意しますか」
肩を上下して呼吸していると、教官がユイチたちのほうへやってきた。立ち上がろうとすると、手で制される。
「クライシ、お前の足が速いのは美点だが周りのことも考えろ。何のために隊列で走らせてるんだ」
「はい、すいませんでした」
「以後、十分に気をつけろよ。合わせるときは合わせろ。お前一人に全員が続くとは思うなよ」
そうですねとユイチが気まずそうに頷くと、教官は「それから」とハドリを見た。
「テンドウ。クライシが抜けそうになったら捕まえておくのがお前の仕事だろう。躍らせて楽しむのも程々にしろ」
はぁ、とハドリの困惑した顔をみて教官は一瞬笑ったようだったが、すぐに固い表情へと戻った。
「お前らの技術や体力は評価できる。が、考え方が軍隊向きではないな。どうせ元から国につこうとかは思ってないんだろう」
男は手に職、戦闘職種ならなお良しの時代。軍隊所属を志望する青年で溢れかえっていた。
このライオネス軍学校でも生徒の大半が国や地方の軍に入るために日々の訓練をしている。
卒業後には幅広い知識と技術を持ち即戦力になるため、雇われ傭兵や自警団などその後さまざまな職種につくことができる。
しかし、教官に「元から」と言われて、二人は思わず顔を見合わせた。
確かにユイチとハドリは国軍に入るつもりは無かった。そして、どこに所属したいかなどをこの教官に言った覚えもない。
「お前らみたいのは分かるんだよ。とりあえず、これは訓練だ。もっとチームワークを大切にしろ」
いいかと確認をとると、教官はすぐに踵を返して校舎へと消えていった。
訓練は辛く生活態度も厳しい、そして人をみる目も鋭い教官だ。分かりやすいユイチのことどころかハドリのことでも見抜かれていた。
教官を目で追っていた二人は的確すぎる忠告に返す言葉がなかった。
「注意で済んでラッキーだな、ユイチ」
「まあな。あ、っていうか俺が早かったなら教えろよ。隣ならわかるだろ」
ユイチが声のトーンを低くしてぼやくと、ハドリはまるで関心ないというように首を回しながら答えた。訓練の後に少しでもストレッチをしておいたほうが疲労が抜けやすい。
「いつ気付くかと思ってだな、たまに視線は送ってた」
「走ってんだぞ、そんなんで、気付くわけないだろ……」
両手を背中で組んで筋を伸ばしながらユイチはうなだれた。こんな相方のおかげで教官に目を付けられてしまったのだ。
「俺は、お前のお守じゃねぇ」
ハドリのような体格の良い男がぺたんと前屈をするとどこかユニークだ。その見慣れた光景を横目にユイチも前屈をする。こちらはつま先に触れるのでやっとだ。
「っつ、それは俺の台詞だ。この年でお前みたいなお守りがつくなんて馬鹿馬鹿しいぜ。どうせなら女の子がいいなー」
「アホが。こんなところに来る女なんて期待するだけ無駄だ」
「うへぇ、たまには夢も見たいじゃないさ……あっと、そろそろ行こうぜ。埋まっちまう」
「お、そうだな」
二人はストレッチもそこそこに立ち上がると、やっとストレッチを始めた他の生徒たちに「お先」と声をかけた。
ユイチが寝そべって仰向けになっている奴を跨ぐと、「おう、お疲れ~」と疲労感たっぷりの声が下から響く。
同期たちの声を背に苦笑いをしながらユイチとハドリは訓練場を後にした。
作品名:的を射る花 作家名:佐々川紗和