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夏|朝顔

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小さい頃種を撒いた朝顔の蔓は、裏庭の塀を埋め尽くしていた。そしてなぜか10月頃までは咲き誇り続けるのだ。弱くて儚いというこの花は、とてもとてもそうとは思えぬほどに貪欲に、繁殖し続けていた。
 勝手口から緑の壁を見ていて、あそこに埋まって一晩もいれば、あの蔓にからまるのだろうかと考えた。実際にやってみたことなどもちろんない。ただなんでもない好奇心が、いつもいつも心のどこかで疼いている。

 浴衣の季節になった。母が呉服屋を呼び浴衣を誂えることになった。
 年頃の娘の着物になど興味はないとばかりの無反応も、意に介さず次々に呉服屋は反物を広げ、首元にあてる。首が細くて長いからとか色白だからとか誰にでも言っていそうな世辞を並べ立てて、この染めはとか安いものとは違って、などつまらなくもない薀蓄を語り続けられる。
「ああ、そうだ。うちの息子がですね。ええ、染物をやるようになったんですよ」と呉服屋は言った。
 その息子は、まだ若いようだ。父親の後ろで、反物を差し出したりしていた。彼はそう言われると、無表情で頭を下げた。
「いや染物をやるとか……まだまだこれから修行しなければいけないんですけどね」どうやら父親のほうが息子のこれからに胸躍らせているようだ。ひきかえ当の息子は目を伏せたまま、微動だにしない。
 本当なら、こんな、初めて会ったような人のことには興味がないのだ。それなのに母は呉服屋の話に耳を傾け、染物のことなどそんなにもわからないのに呉服屋の息子へと他愛もない質問を投げかける。
「それであなた、何番目のぼっちゃんでしたっけ? お名前は」「三男でございます」「ああ、じゃあ達也さんね」まあ無口な男だ。答えはすべて親父がする。自分は少し頭を下げるだけだ。
「お母さん」ちょっとはばかりにいってきます、とあちらを指差し席を後にした。
 誰も頼んでいないのに、あんなに大仰にこんな小娘のたかが浴衣を、と首を右に左に傾げながら廊下を渡る。今は洋服のが楽だしなんといってもスタイルがよく見える。
 中原淳一のイラストみたいに、末広がりのスカートで、ちょっと高めのヒールで、小ぶりのバッグで、というほうが断然街ではおしゃれなのだ。むしろそっちを買ってくれたほうがよっぽどうれしいのに、と口を尖らせた。旧い家なものだから、髪も切るなと言われたけれどこればかりはやってしまえばおしまいだ、と思い切り短髪にしてやった。美容室から帰ると父はまるで別の生き物を見るような目で見たものだ。
 そのまま自室へ帰ってやろうと思ったのだった。それいゆを読むのだ。そうして、すぐに時間は経ったはずだが屋敷の女主人はおしゃべりに夢中なようで呼びに来さえしなかった。行儀が悪いと言われながら直らない、床に寝転んで雑誌を読んでいる間にうたた寝していた。
作品名:夏|朝顔 作家名:黒枝花