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蒼空少女騎士団(仮) 第一章「天翔る乙女たち」

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 大陸端に、古くから続く王国があった。いまを遡ること少し前、王位継承に伴う争いに端を発した王宮内の争いはやがて全土に飛び火し、王国を二分する内戦状態に陥った。この状況を憂いた時の第一皇女ラーヤは王家直轄領の臣民たちを率いて国を出奔、洋上一〇〇〇キロメートル彼方の環礁に新たな国を建国した。時は経ち、大陸の争いが王弟側の勝利で決着したことが風の噂で伝わってはきたものの、ラーヤの興した新王国は至って平穏な時を刻んでいた。
 状況が一変したのは、大陸側の体制が安定してからのことである。大陸から幾度となく送られてきた使者たちは、ラーヤに元王弟、現国王の側室となることを要求、それによって環礁の住人たちを保護することを保証すると提示してきたが、親兄弟とも公開処刑に処されていたラーヤはこれを固辞。大陸との関係は徐々に悪化をたどる一方だった。緊迫した関係が続くこと約二年、ついに大陸、というよりも王弟が業を煮やして新王国に対して宣戦を布告し、以降多少の間断はあるものの両王国における長い争いが続くこととなった。
 大陸と環礁を隔てる距離と、平均水深二〇メートル程度という大型船の運用が不可能な事情が幸いし、当初、両国の戦いはさほど激しいものとはいえなかった。洋上を超えられる航空機が登場してからも航続距離の問題から状況は似たようなもので、資源と人材で劣る新王国側もどうにか拮抗した戦線を維持できていた。しかし、長大な航続距離と多量の爆弾積載量を誇る飛空船が登場するとその状況にも変化が訪れる。資源にものを言わせ飛空船の大船団が押し寄せるようになると、数の上で劣勢な新王国側はそれに抗しきれずに徐々に戦線を縮小せざるを得ず、いまとなっては本国となる環礁とその周辺のわずかばかりの海域にまで勢力を押し込まれてしまっていた。これは、そのような斜陽を迎えた新王国を守るために戦い散ってゆく少女たちの物語である。

 夢を、見ていた。ぐんぐんと上昇していく機体の照準器は、腹を見せつつ悠々と上空を飛行している敵機の姿をその中心にはっきりととらえている。最初は豆粒ほどの大きさだったそのシルエットは徐々に大きくなり、いまや機体のマーキングもはっきりと識別できるまでになっていた。
(奴だ)
 胴体後半、水平尾翼や垂直尾翼に至るまで真っ赤に塗装した派手なマーキングは、「悪魔」の名称で恐れられている敵国の撃墜王の機体に間違いなかった。これまでに何人もの戦友たちを空に舞い散る花びらへと変えてきた宿敵が、こちらに気付くことなくのうのうと眼前を飛行している。仲間の敵を討つのに千載一遇のチャンスを目前に控え、鼓動が高鳴る。トリガーに駆けた指先は、緊張と高揚とで震えていた。
 深呼吸をして一瞬、目を閉じる。大丈夫、いける。そう確信したとき、不思議と指先の震えが治まった。いまや照準器いっぱいに、機体が黒々と映し出されている。指がすっと、トリガーを引き絞った。
 音もなく機種から飛び出した機銃弾は炎の束となって、相手に襲いかかる。その束が相手の機体に届くかと思った瞬間、その姿がふっと視界から消え去った。次の瞬間、風防のすぐ脇を銃撃がかすめていった。そうだ、自分はあの「悪魔」に追われていたのだ。咄嗟にフットバーを蹴っ飛ばし、機体を横滑りさせる。その軌跡を追うように縦断の雨が追いかけてきた。横滑り状態からそのまま機体を反転させて縦断の雨を回避しつつ、急降下で「悪魔」を引き離しにかかる。ぐんぐんと上がっていく速度に機体が耐えきれずに空中分解するか、はたまた「悪魔」に追いつかれるか。逃げ切れる可能性は限りなくゼロに近かったが、いまはそれに賭けるしかなかった。
 気が付けば、後を追ってくる機銃弾はなく、変わって周囲で炸裂する高射砲弾の音に包まれていた。ドン、ドン、と間断なく続く音の中、急角度で効果を続ける機体の正面に大型の飛空船が浮かんでいた。飛空船の周囲を取り巻く対空砲撃船も含め、一斉に自分めがけて銃撃と対空砲の嵐が襲いかかる。飛空船の背中に描かれた紋章を見た瞬間、いまおかれている状況を理解した。そうだ、あの飛空船には、前線視察に訪れた敵国王が座乗しているのだ。ここで国王もろとも撃沈すれば、戦局は一気に逆転する。この最大のチャンスを前に新王国側は総力を挙げて攻撃を行い、目標まであと僅かというところまで肉薄することに成功したのだ。とはいえ、ここにきて敵側の反撃もすさまじく、目標に決定打を与えられないまま一機、また一機と味方が撃破されていくのがもどかしかった。かくいう自分も、何度か接近を試みているものの激しい対空砲火に阻まれて有効打を与えられないまま残弾も少なくなり、これが最後の突入となることは明らかだった。今度こそ成功させる、そう強く自分に言い聞かせるが、先ほどから至近距離で炸裂する対空砲火の音が一抹の不安を感じさせる。そしてついに、ひときわ大きな音とともに目の前が真っ赤に染まった。ああ、対空砲が直撃したのだ。即死したはずなのに、不思議とそのようなことを考えている余裕があった。いまや魂は体を抜け出し、少し離れたところからばらばらに飛散し、墜落していく自機を何の感傷もなくただ見つめ続けるだけだった。そして、世界は暗転した。
 遠くからどーん、どーんと砲撃の音がする中、ベッドの上で仰向けに横たわったままリファシスはゆっくりと目を開けた。見慣れぬ、天井。そして、つんと鼻をつく薬品の臭い。数回目をしばたたかせてから、彼女は自分が医務室にいることを理解した。撃墜された夢を見たばかりとあって、彼女はおそるおそると手足を動かしてみる。大丈夫だ、五体満足、特に異常は見当たらない。そこで彼女は初めて安堵して、周囲を見渡してみる。ふと、視界が狭いことに気付き顔に手をやると、左目にガーゼが当てられていた。他にも、頭を中心に上半身に包帯が巻かれている。目の傷が、視力に影響を与えなければ良いのだが。ましてや失明などとなったら、航空兵としては致命的だ。急速に覚醒しつつある頭でそんなことを考えていると、視界の隅に人影が横切った。
「衛生兵!」
 リファシスはそう、人影に向かって呼びかけた。すぐに足音が響き、彼女を覗き込むようにして衛生兵が姿を見せた。
「お気づきになられましたか、リファシス一等兵曹」
「あたしは、どうしてここに?」
 そう問いかけるリファシスに、衛生兵は慣れた手つきで彼女の脈拍を測りながら応えた。
「着艦のときに事故に遭われたんですよ。覚えていませんか?」
「ああ、そういえば」
 衛生兵の言葉に、リファシスは最後の記憶を掘り起こす。確か、新型機の試験飛行を行っていたはずだ。嵐の中、連絡の途切れた母船まで何とか帰投し、着艦を行おうとしたところまでは覚えている。だが、記憶はそこでぷつりと途切れていた。
「ん、そうね。着艦しようとしたところまでは覚えているわ。もしかして、着艦に失敗したのかしら」
「んー。失敗というか」
 脈拍をさらさらと記録した衛生兵は、続けて体温計を口に差し込んできた。
「主脚が片方、折れていたらしいですよ。それで着艦した際にバランスを崩して側壁に激突したと聞いてます」
「ほうはっはほ」