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冬野すいみ
冬野すいみ
novelistID. 21783
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愛を食らう

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お前は後悔なんてしていないだろう。
お前はそういう人間だ。


男の言葉が私を責める。そして、愚かな私は、私はどこまでも逃げてゆくのだ。何もかも失くして、何も持たない手を呪いながら。空虚な青空を憎みながら、濃密な夜空を愛しながら。
そして、吐き捨てたいほどの醜さを抱きしめる。



私は小さい頃あの男の宝物を壊した。無茶苦茶にして、捨てた。
男が大切にしていたくだらなくも美しい宝物たち。
ビー玉、ジュースの王冠、貝殻、セミの抜け殻、小石、
そして、男が願った母親の絵も、破り捨てた。
私はそういう人間だ。
それだけじゃない、私はあの男の欲するものを奪ってきた。

だって、私はあの男になりたかった。
きっとそうなのかもしれない。自分でももう自分の感情なんてあやふやなものを掴むことはできない。感情なんて海だ。人の心はちっぽけな藻屑となって漂う、沈む、消えてゆく。
感情の海に溺れ、膿んでいくんだ。
何かを生む感情であればいい。けれど何もない、何もかも壊していくだけの感情。

あの男は異質だった。私にとってどうしても許すことができない存在だった。私とあの男には、それは表向きな理由はいくらかは見出すことはできたけど、そんなものただの言い訳。どうでもいい話だ。
結局私はあの男が気に入らなくて、怖くて、ただ、怖かった。
そう、怖かった。
理屈なんてないただの愚かな感情だ。

私と男は母親の寵愛を奪い合っていた愚かなきょうだいであり、愚かなたにんどうし。説明するのならそんなものだろう。


そして、私は男の愛した女を奪った。
だって、欲しかった。欲しくて欲しくて仕方なかった。美しく優しい、そして悲しい女。あの男は愛する女という人間と、愛を手に入れていた。私は私がなれないものになりたかった。
私は、私は、私は私はわたしは。
ねえ、私にもくれよ。
その愛をくれよ。
噛み千切って、砕いて、飲み込んで、食らうから。
女は悲しい女だった。女は美しく愚かだからこそ、憎らしく愛おしかった。人は醜く、愛は醜く、醜いものほど儚く尊いのかもしれない。

女は私を慈しんだ。愚かな私を哀れんだ。悲しみと悲しみが溶け合うとき、人は心が愛に触れるのかもしれない。ただ、気が触れるのかもしれない。人の歓びを己の歓びとし、人の悲しみを己の悲しみとする。人と人は同化することを願っているだけだろうか。私には分からない。私に分かることなど何もない。わたしには、なにもない。

女は苦しんだ。男への深い愛と、私への悲しい憐憫。どちらも気の狂いそうな愚かしさ。やはり、それは愛おしさだったのだろうか。私はそんな女が「好き」だった。大好きだ。閉じ込めて、壊してやりたいと願うほどに。殺して食らってやりたいと望むほどには。それはちっぽけな欲望にすぎないだろうけれど。
それでも、自分の心に嘘などなかった。
あいしていた。
(なんだそれは)

私は男のものを奪うため、そしてそのうちに何のためか分からなくなるほど女に溺れていた。初めからあの男のものを奪い続ける自分になにも見出せないほどからっぽだったのだから、当たり前かもしれない。


そして、苦しんだ女は死んだ。殺したのは私だ。
私は女を死で誘惑した。女の愛する海に還ろうと約束をした。そして、私も死ねるはずだった。終いには女への歓びか、死という解放への歓びか区別がつかなくなっていたくらい。
けれど、私は生きている。
生きて夜の海辺に横たわっていた。息が苦しい、体は動かせない。

本当に私は生きているのだろうか。これは夢か。

「夢ではない」

朦朧とした意識の中で周りを見渡すけれど、女はいない。

「女は死んだ」

男は無表情に私を見ていた。

冷たい冷たい、夜の海の目。

「お前は後悔などしていないだろう」

私は謝罪の言葉など持たない。
後悔など何もない。
ただ愚かな人間が今、まだ生きている。
それだけだ。
本当にくだらない。そして最低な私はなにものにも成ることができず、ただ涙をながした。

それは愛か。
愛を食らうことはできない。


愛を、

愛を食らう。
作品名:愛を食らう 作家名:冬野すいみ