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夏花火

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空が、茜色に染まっていく。
 まだ青みの残る部分では、雲が太陽の赤みを反射して、散っていく。砂利道を歩く足元を照らしていた夕日が、ゆっくりと溶けていく。暗くなっていく。
 今は夏。高校生としては最後となる、夏休みの、三日目。
 私は、昨日短く切り揃えたばかりで外側に撥ねる後ろ髪を、風にさらわれないように押さえた。ついでに、手に持っていた麦藁帽子を深く被る。気合を入れて選んできた真っ白のワンピースが、ばたばたとはためいて音を立てる。その音に驚いて、虫たちの合奏が止む。私が歩きだし、遠ざかったことが分かると、俄かに虫たちは騒がしくなる。まるで、私が虫たちの合奏団を引き連れているかのよう。
 田舎の夏は、虫の夏でもある。虫たちの合奏が鳴り響く、道の両端に広がる田んぼを横目に見ながら、私は早足で砂利道を抜けた。きちんと舗装された小路に出て、時刻を確かめる。まだ、七時を少し回ったところだ。大丈夫、間に合うだろう。
 今まで人の姿が見えなかったが、小路を抜けると、どこからやって来たのかと思うほどの人が、小さな町に溢れていた。浴衣を着た人も多く見受けられる。彼らは皆、一様に大通りの方を目指して歩いていた。賑やかな出店の灯りが、消えていく太陽に代わって地面を照らしていた。
 しかし私が目指すのは、祭りの会場ではない。
 私はわき目も振らず、楽しげに歩く人の間を縫った。出店の灯りが届かない、小さな裏道へ入る。街灯の少ない民家の並ぶ通りを、時折人とすれ違いながら、ひたすら歩く。サンダルの間から入ってくる小石に苦労しながら最後の砂利道を抜けると、ようやく目的地にたどり着いた。
『金目』の表札が掛かった、ごく普通の一軒家。一階には誰もいないので、灯りがない。二階にだけ、灯りがついている。
 表札の下についているインターホンを押すと、二階の窓から元気な声が返ってきた。
「おっ、いらっしゃい。開いてるから、入って入って」
 声の主の細い腕が、窓から伸びておいでおいでをする。
「お邪魔しますよー」
 言いながら、私は金目家の玄関へ入った。思ったとおり、家の中はどことなくひんやりとして、涼しいというよりは冷たい空気を孕んでいた。でも、気にしない。私はさっさと靴を脱ぎ、勝手知ったる他人の家へ、上がりこんだ。一直線に階段へ向かい、二階へ上がる。二階には四つの部屋があるが、その内の一つ、最も手前のドアを、私はノックした。
「ノックなんて要らないよ? 入りなよ」
「まあ、一応ね」
 ドアを開けると、そこには金目透が、床に座ってこちらを見ていた。相変わらず、中学生の時の指定ジャージを着ており、暑いからか、上半身は裸の上にジャージの上着を羽織っている。
「またそんな格好して……。風邪引くよ」
「大丈夫だよ。相変わらず心配性だな星井は」
「相変わらずはこっちのセリフだ」
 私は、透の天然パーマのぼさぼさ頭を弾き、彼のベッドに腰掛けた。何故だか、今この部屋にはこのベッドしか置いていないようだ。前に来たときはあったと思った本棚や机が、見当たらない。床に積み上げられた本の山を眺めながら、私は聞いた。
「机とか椅子とか……、どうしたの?」
 その問いに、透は屈託なく笑った。
「全部持ってかれた。元々家財道具は全部父さんのものだったらしいから、まあ仕方ないよね」
「…………それにしたって、あんたの勉強机やら本棚まで持ってくことないじゃん」
「うーん」
 透は困ったように首をかしげ、それでも笑顔を絶やそうとはしない。
「まあ、俺使わないし。棚なんてなくたって、本は読めるさ」
「でも、」
 私が尚も続けようとした言葉を、透は遮った。
「ところで星井、学校の方はどう?」
「学校……」
 透は、他意のない目で私を見つめていた。私は一回、それとなく深呼吸してから、口を開く。
「まあ、ぼちぼち。普通だよ、普通。今日は夏休み三日目なんだ」
「そっか。夏休みなんて単語、二年ぶりに聞いたよ」
 懐かしそうに、透は目を細めて、そう言った。私は思わず、問い詰めるように尋ねる。
「金目。あんた、もう学校行かないの?」
 その一言は、透に十分なダメージを与える一言であるはずだった。しかし、案外と言おうか、思った通りと言おうか、彼の反応はあまりにもあっけないものだった。
「うん」
 そう、軽く肯いて、透は立ち上がった。彼を見上げる私に微笑みかけ、伸びをした。
「そろそろ始まるはずだね。屋根上ろうか」
「…………」
 そうだね、の一言が言えずに黙りこくる私に透は首をかしげ、右手を差し出した。
「ほら、行こうよ」
「うん」
 差し出された手を握り、私は勢い良く立ち上がる。そうして並んで立った透は、私よりも少し背が高いくらいの背丈だ。昔からそうだった。もしかして、中学の頃から伸びていないのではないだろうか。高校に入って身長が伸びなくなった私と比べても、それほど高くないということは……。
「金目、背伸びなかったんだね」
「はあ?」
 透は一瞬言われた意味が分からなかったように頓狂な声を上げたが、すぐに破顔した。人懐っこい笑みも、昔から変わらないな、と、一瞬考える。
「そういえばそうかも。高校の身体測定はほとんど欠席しちゃってたから意識したことなかったけど……、本当だ」
 透は楽しそうに、私の頭と自分の胸の辺りを手で指し示し、くすくすと笑った。私も釣られて笑い、ようやく気を取り直すことが出来た。清々しい夏の宵風が、一陣窓から入ってくる。ふと外を見ると、太陽は正に沈もうというところだった。最後の光線が、一筋だけ残っているのが見える。
作品名:夏花火 作家名:tei