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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第五章】

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 一通り怒りをぶちまけた後に待っているのは、底知れぬ不安でした。
「プラムはここです」
 私は丸腰で寝室へ入っていきました。
「一人にしないでって、言ったでしょ……」
 先輩はベッドに座ってめそめそ泣きはじめました。
「すみません。気をつけます」
 私は先輩の横に腰掛け、そっと背中を抱きました。

 朝は筋の通らない泣き言を聞き……。
 昼は飛んでくる物をかわし……。
 夜は先輩の抱き枕。
 そんな日々がしばらくつづきました。
 話を聞いていると、どうやらピオニー先輩は、体目当ての男に弄ばれては捨てられる、といったことをくり返していたようです。でも、先輩は先輩で、目先の快楽に溺れる節があり、内心では大いに同情するというわけにはいきませんでした。
 麻薬の楽しみ方は、最後の恋人に教わっていました。
 先輩は薬の知識があるため、一度は断ったものの、その男に恋したが故に服用につきあってしまい、やめられなくなってしまったのです。
 最後の恋人の行方は知れません。しかし、麻薬の密売人は元彼とつるんでいた別の男で、先輩は今でも定期的に買っていると、涙ながらに告白してくれました。

 薬漬けになった人に対し、癒術は無力に近いものがあります。なぜなら、患者が自分の治癒を心から信じる、ということが重要な触媒になっているからです。
 今回のケースは、相手のことをひたすら受け止めるしかありません。ある意味無力で、ある意味究極の方法です。
 私がとった作戦は功を奏しました。
 治療をはじめてから一ヶ月経つと、ピオニー先輩は朝あまり泣かなくなり、昼の暴力も減り、自分で食事を作ることもできるようになりました。一方、夜の抱き枕制度は健在で、先輩の悲しみの根深さが伺えました。

 ピオニー先輩の麻薬からの離脱は、早くても半年はかかるだろうと、私は読んでいます。プリムローズさんの癒術学校入試に間に合わせるつもりだった私の旅は、計画を変更せざるを得ません。でも、私はそれを残念だとは思いませんでした。
 癒術学校では、先輩は私を下っ端弟子のようにこき使っていました。しかし、後輩がピンチのときは天性の悪知恵を巡らし、学内の女社会にうずまく陰謀から救ってくれたのです。
 先輩を置いてこの街から離れるなんて、考えられません。
 私はピオニー先輩と一緒に暮らしながら、余裕があれば他の方の診察もする、という方針で、しばらくやっていくことにしました。


 第三十九話 傷の言語

 秋風が身にしみる季節に、背筋がさらに冷たくなるような噂が、オピアムの街を駆けめぐっていました。
 私たち癒師の仲間の一人が、その能力を悪用して、強盗や殺人をはたらいているというのです。しかも、噂で語られる人相は男だといいます。
 まさか、私を影から守ってくれていた先輩癒師のオークさんが? そんなはずはありません。でも、去勢しなければ成立し得ない男性癒師というのは、歴史上にも数が少なく、私が知っている限りではオークさんだけでした。
 噂のせいで、癒師の評判は下がる一方です。
 ピオニー先輩が昼間一人でも留守番できるようになったのを機に、私は修行活動を再開することにしました。
 私は身の安全をはかるため、黒衣の着用をいったんやめて、ピオニー先輩の露出多めな服で出かけざるを得ませんでした。
 街の人々は別の意味で、私のことをじろじろ見ていました。男の人は本能のままに、女の人は、寒さ対策より男優先なんていやらしい、といった目つきです。
 私はしばらくの間、ショートスカートの裾を引き下ろそうとする無駄な癖が止まりませんでした。

 市街地の北の果てにある、畑がちな郊外をぶらついているとき、見覚えのある後ろ姿に目が止まりました。
 あのひらひらしたゴスロリ風黒衣は……どこから見てもユーカさんです。
 アイブライト峠での施術対決に敗れ、バカにされたことを忘れたわけではありません。でも、他の癒師はどのように仕事をしているのか、興味が尽きないのも事実。
 私は好奇心を押さえきれず、気がつくと彼女を尾行していました。
 ユーカさんは緩やかに蛇行する馬車道をしばらく行くと、街道沿いにある似たような家並みの中の一軒を訪れました。
 私は家の石門まで行って身をあずけ、聞き耳を立てました。
 裏庭の方から話し声がします。が、ここではよく聞き取れません。
 私は辺りに誰もいないことをたしかめると、芝生の上を這って裏へまわりました。
 屋根付きテラスの下で、女二人が立ち話しています。
「あなたには、病を克服して元気になろうという意志はないんですか?」
 ユーカさんは言いました。
「元気になりたくないなんて、そんなひねくれた人、いるわけないでしょ?」
 三十歳くらいの長い黒髪の女は言いました。肌の色は青白く、ひどく痩せていて覇気が感じられません。
「じゃあ、どうしてまた食べなくなってしまったのかしら。これで三度目ですよ?」
「仕方ないじゃない。食欲がないんだから」
 ユーカさんは深いため息。
 何か言いたそうですが、こらえています。
 こらえきれないのか、鼻息が荒くなっていき、癒師はついに口を開きました。
「あなたには、元気になりたくない理由があるとしか思えません」
「そんな人がいるわけないでしょ! 何度言わせるの!」
 痩せた患者はそう怒鳴ると、ふらふらと白木のイスに腰を落としました。
「今日は、これで失礼します」
 ユーカさんは暗い顔をして、踵を返しました。
 私は大あわてで門の外まではい出し、太った街路樹の陰に隠れました。
 ユーカさんは、丁度やってきた路線馬車に手を挙げて乗りこむと、市街地の方へ去っていきました。

 あんなに落ちこんだ顔のユーカさんを見たのは初めてでした。
 私はしばらくの間、ユーカさんと拒食症の患者のことが頭から離れず、ピオニー先輩のお世話の他は、何も手がつけられませんでした。
 このままでは癒術修行ができず、帰郷がどんどん遅れてしまいます。
 私は気を取り直し、病んでいる人を街で探す活動を再開することにしました。
 街にくり出したはいいものの、寄ってくるのは血色のいい男ばかり。
 凶悪癒師の噂が消えるまでは黒衣が着られません。それにしても、ピオニー先輩はどうしてこう短いスカートしか持っていないんでしょう。
「これじゃあ、あのゴスロリ黒衣を借りて、ユーカさんの助手になったほうがマシだわ……」
 十字路の角の店脇でぶつぶつ言っていると、死角からいきなりユーカさんが現れました。
「わっ」
 私が声をあげたせいで、うつむき加減だったユーカさんがこちらに気づいてしまいました。
「あなた、何? その格好」
 ユーカさんはゲテモノ料理でも見るような目つきです。
「こ、これには深いワケがありまして……」
 私はいつもの癖で、ショートスカートの裾を引き下ろそうとしました。
「ああ、あの噂のせいで黒衣が着られないのね」
 あれ? なんだか拍子抜けしてしまいました。いつもの彼女なら「そんな飢えた女丸出しなのが私服だったなんて軽蔑するわ」くらいは言いそうなものなのですが……。
「じゃあ、私は買い物があるから……」
 立ち去ろうとするユーカさんに、私は呼びかけました。