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再び桜花笑う季(とき)

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「松野さんはパソコン、解りますか。」
ある日唐突に、私は三輪さくらにそう聞かれた。
「ある程度なら、解かるけど。」
元々パソコンは嫌いではなく、勤め人時代にはプレゼンの資料やら、ノルマの達成率やらの資料はよく作った。
「自分で打ち込んだ曲を入れようと思ったんだけど、できなくて…」
彼女はそう言って真新しい携帯を私に見せた。

彼女は亡くなった恋人に出会ったときに持っていた携帯をずっと使用していたのだが、さすがに年数を経て電池交換をしてもすぐにバッテリー切れを起こすようになったらしい。このままでは、いついきなりデータがとんでしまうとも限らない。それには、彼とのやり取りが克明に記録されている、彼女にとってはそれはまさに大切な宝物と言っても過言ではないのだ。件の携帯は彼女の自宅でずっとホルダに入れられたまま保存されることとなった。

そして、彼女は新しく携帯を買ったのだが、ここで少々問題が生じた。最近の携帯はダウンロードが主流となり、携帯自身では曲の打ち込みができないということがわかったのだ。もちろん、外部でSDに録音してそれを携帯に入れるという手もあるにはある。しかし、それでは曲の冒頭から再生されてしまう。彼女が入れたいのは曲の中盤以降だったからだ。
「自分で打ち込むにはシーケンサーが要るよ。ダウンロードすれば何とかなるかな。」
私はそう言いながらすぐにネット検索し、頃合いのシーケンサーソフトをダウンロードした。
「ところで楽譜は、あるの?」
入力をしようと彼女にそう聞くと、彼女はいきなりその曲を口ずさみながらその曲をコード進行まで含めてさらさらと書き始めた。私は呆気にとられてそれを見ていた。
「この曲は耳にもう染みついてるから、それを思い出すだけで音は採れるの。」
彼女はさも当たり前のようにそう言った。
「だって、音階がそのまま頭に浮かんじゃうから。」
全く知らない曲でも、流しながら書くことができるらしい。
「音は流れていくから、書くスピードが付いていかなくて、何度も止めながらだけど。」
私には計り知れないが、それが絶対音感ということなのだろう。
同時に彼女が恋人と特殊な絆を感じる感覚が少し解かった気がした。他人からは奇異としか見られない事を当たり前としてとらえてくれる存在、そう言うことなのだろう。
「あ、そうそう…ここは3連譜じゃなかったんだ。高広、いきなり指摘したんだよね…」
彼女の眼は彼と出会った日を垣間見て潤んだ。

音楽面を彼女に聞きながら、何とか私は曲を入力した。
私は本来はピアノ曲であるその曲を、主旋律にバイオリンを加えてバイオリンコンチェルトのようにして、彼女のSDに転送した。パソコンではそういったことが簡単にできる。
「なんだが、前のより高広が一緒にいてくれるみたい…」
出来上がった着メロを聞いたとき、彼女はそう言って涙を流した。厳密に言えば本来は存在しない弦を主旋律に据えたことに、耳の良い彼女は違和感を感じるかと思ったが、結果喜んでくれたのを見て私はホッとした。
「何かちゃんとお礼しなくっちゃ。話を聞いてもらってるだけでもありがたいのに。」
「そんなことないよ、俺だってさくらちゃんにどれだけ世話になってるか。ちょうどお礼ができてよかった。」
恐縮する彼女に、私はそう言って笑った。その頃には私は、彼女のことを三輪さんからさくらちゃんと呼ぶようになっていた。

そして、その時にはそれ以上何もなかったのだが、このことはやがて後に違った形で波及する。

彼女の大親友、野江恵実が結婚することになり、結婚の祝いの品を聞いた時、恵実は一旦は何もないと言ったのだが、それでも彼女が重ねて聞くと、
「お店のホームページ」
と答えたという。恵実の夫になる佐藤隆一は老舗和菓子屋の4代目で、ホームページを立ち上げてネットでの販売を考えているらしい。だが、肝心のページを作る暇がないという。その顛末と、彼女のため息交じりの一言、
「私がお祝いに作ってあげられれば良いけど、この間の携帯だって、松野さんがいないと全然解かんなかったしなぁ。」
というのを聞き、
「良かったら俺、やってみようか。」
安請け合いしたのがことの発端だった。
「松野さん、お願いできますか!」
彼女は私の言葉を聞いて小躍りした。彼女はどうやらあの一件で、何やら私をパソコンのエキスパートだと誤解してしまっているようだった。確かに女性の彼女よりはコンピュータ用語にも明るいが、エキスパートと呼ばれるような技量はない。
それでも私は、彼女にそんな誤解をされているのを嬉しく思っていた。もう何もかも無くしたと思った私が誰かの役に確実に立っている。それを思い出させてくれた彼女に何かお礼をしたい。そんな気持ちからだった。

それで、悪戦苦闘しながらのホームページ作りが始まった。当の隆一に恵実も交えて何度もどういうものに仕上げようかと話し合い、良い物を目指した。その時には私のわずかながらの営業でのノウハウも役に立った。

出来上がったホームページを隆一はもちろん、隆一の両親も気に入ってくれた。そして、その両親の知人からの依頼まで彼らは持ってきてくれたのだった。両親たちの世代はパソコンには疎く、ホームページ立ち上げを考えたとしても、頼むにもどこに頼んで良いのかすら解からないというパターンで二の足を踏んでいることが多いのだと言う。
「今度はタダ働きはダメよ。あんたどうせさくらから金なんかとれないんでしょ。」
その時、恵実はそう言って笑った。

ホームページは1度作るだけでは終わらない。その時期に応じての商品展開、セールなどの告知と細かいメンテナンスがあってこそ活きてくる。つまり、作っただけではその効果は半減するのだ。

最初の佐藤夫妻はともかく、次に紹介を受けた年配の事業者にはその辺が心配になった。それで私は、自分も学びながら、そういう年配の人を対象にしたパソコン教室を開設した。教室といっても、自宅を開放してその依頼者を教えていたら、その依頼者の友人知人が教えを請うと言った形で人数が増えていっただけなのだが。

「先生、これどうするんでしたっけ。」
先生と呼ばれるのは気恥ずかしくてまだまだ慣れないが、電源の入れ方すら分らなかった人々が次々といろんなことをこなしていくようになるのを見るのは、赤子が成長していくのを見るようで楽しい。年を重ねて何度も同じことを説明せねばならぬことも多いが、それは御愛嬌。自分のできなかったことができた時の少年や少女に戻ったかのような笑顔は、労いの言葉のように私に降り注いだ。

だから私も、彼らの質問には必ずこたえられるように、いろんな情報を集めて回った。
そして、私はいつの間にか、かつて仕事をしていた時より忙しく日々を過ごすようになっていた。

それと同時に、私の心の中には翔子や穂波と共にもう一人の女性が住まうようになっていた。
彼女は、相変わらず亡くなった恋人の話を楽しそうにする。私はだんだんとそれを聞くのが苦痛になってきていた。

しかし…かつて妻も子供もいて今も障害の残る私には、一度も結婚したことのない彼女に自分だけを見てほしいとは言えなかったのだ。