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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第二章(後)】

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 地震から五日目。
 ガレキの下から救出された重傷者の多くは高齢で、手術に間に合わなかったり、体力が足りずに命を落とす人が相次ぎました。傷が軽かった人は応急処置が終わって、私のほうへまわってくる人が増えてきました。

 地震から六日目。
 オーレン医師が過労で倒れ、私がすべての患者を診ることになりました。傷が開いている人はすでになく、私はうろたえることなく施術をくり返しました。

 地震から十日目。
 外科的な大仕事が一段落し、私が受け持った患者たちも落ちついてきました。
 村民の好意に甘んじて、午後は休診としました。
 私は復活したオーレン医師に誘われ、校長室の応接イスに腰掛けると、差し入れのクッキーを口にしました。
 頭に白いものが混じった医師は、お茶をすすりながら言いました。
「見直したよ。癒師は暗示で人をだましているだけだと思っていた」
「先生こそ、そのお歳でいっぺんに何人もの手術をするなんて、すごいです」
「数をこなしただけだ。半分は亡くなった。オピアムの名医ならその半分にできる」
「す、すいません」
 私は小さくなりました。自己嫌悪。気が回らないにもほどがあります。
「ベストは尽くしたんだ、済んでしまったものは仕方ない」
「はい」
「これからの話をしよう。けが人が落ち着いてきたのはいいとして……」
 オーレン医師は患者の精神状態について、私に尋ねました。
「ショック症状的なものはおさまってきましたが、家に帰りたがっている人や、救助隊が来ないといって不安がっている人が増えています。このままでは、ストレスによる病人が続出するかもしれません」
「ストレスとはそんなに影響があるものなのか?」
「たとえば内臓を患っている方の大半は臓器自体に問題はなく、その代わり、家庭や仕事や進路などの問題で悩んでいます」
「なぜそう言い切れる?」
「統計をとりました」
「近代医学の統計には出てこないが」
「それは質問していないからでしょう。古代医学では、患者の生活を調べるのは当たり前だったはずです。原因もわからず胃が痛むなんてことは、滅多にありません」
「むぅ……」
 医師は難しい顔をして、クッキーをかじりました。
 そのとき、部屋のドアが開いて、助役のエルムさんが入ってきました。
「救助隊と医師団が到着しました」
「やっと来たな」
 オーレン医師はため息をつきました。
「……」
 エルムさんは険しい顔で黙っています。
「怒ったって仕方ないだろう?」
「三日も遅い。まだ行方不明の方が十七人います。ガレキの下で水も食料もなく、こう寒くちゃ、無傷の人だってもちはしませんよ!」
「そうは言っても、国を越えて来てもらっている立場としては、文句は言えないな」
「我が国の政府は何をやってるんだ」
「国となるずっと前から、この村はあった。好きで住んでいるなら、他を当てにするな」
「……」
「さてと」オーレン医師はイスから立ち上がると、私に声をかけました。「ご挨拶に行くとしよう」
 
 避難者が集まる中学部の教室では、深緑色の制服を着た救助隊の幹部が、状況を説明していました。
「我々が来たからには、もう安心です。ここまでよくぞ耐えてくれたと、頭が下がる思いです。皆さん方のお国の自警隊が到着するまで、短い間ではありますが、復旧の協力をさせていただきたいと……」
 太った男の長い演説がつづきました。
 村人たちは床に敷かれた藁の上に足を抱えて座り、疲れた顔で聞いています。
 私とオーレン医師が廊下から中の様子をうかがっていると、エルムさんがやってきてぼそっとつぶやきました。
「現場の状況がまるでわかってない。都会のお偉方ってのはこれだから困るんだ」
 戸口を守っていた戦闘服姿の男が、私たちを睨みました。
「我々の越境救助活動に何かご不満でも?」
「い、いえ、こちらの話です」
 オーレン医師は兵士に苦笑いを返した後、エルムさんの脇腹を小突きました。
「政治や人事の話は、村が復興してからにしてくれ」
 若き助役は力なくうなずきました。
 演説が終わると、ウォールズ自警隊の幹部たちは満足げに教壇から下り、廊下に出てきました。
 エルムさんは、太った男の胸ポケットのラインを見て「陸上自警隊の少佐です」と、私に耳打ちしました。
 少佐はまわりにいた部下と少し話した後、ふっと顔を上げて笑顔になり、地元の医師と助役に握手を求めてきました。
 オーレン医師に対しては「先生の話は伺っております。さぞ、お疲れでしょう。充分休まれたら、医師団の顧問をお願いするつもりです」といい、エルム助役に対しては「助役どのは校舎に入り、ご高齢の村長や避難者たちのお世話をしていただきましょう」といって、勝手に役割を決めてしまいました。
 オーレン医師は隊の幹部たちに強く促され、歩いて遠ざかっていきます。
 一方、エルム助役は少佐に食い下がりました。
「村長はまだ七十ですし、傷は浅い。災害現場には、地理がわかる私も同行し……」
「これはラーチランド政府との取り決めなのだよ。現場の指揮は、私が引き継ぐことになっている」
 エルムさんは、去っていく丸い背中を悔しそうに見つめていました。
 オーレン医師が遠くのほうでちらと横を向き、そらみたことか、と言いたげな顔をしています。
 助役が中学部の教室に入った後、残された私はといえば……。
「癒師は今後一切、立ち入り禁止だ」
 兵士二人がやってきて私の両脇を抱えると、抵抗をものともせず校門までひきずっていって、地面に放り投げました。
「な、なぜですか! 私だってそれなりに治療ができます!」
「オピアムの医師団は癒師を認めていない。それだけだ」
 兵士たちはそのまま校門前に立って、門番をはじめました。
 そこへ、民宿の女将マンザニータさんが通りかかりました。
「あたしゃ家に帰るよ。毎日毎日誰がどうしたのって、うるさくてかわなん。あんたも来な」
 と言って、私を立たせると、緩やかな坂道を一人で歩いていきました。
 私が走って追いつくと、女将は言いました。
「ウォールズの神話をしっとるかね?」
「は、はぁ。少しくらいは」
 私たちエルダー人の間で有名なのは『古代ウォールズ人は魔法を発明した』という証拠を表した奇譚の数々です。ある説では、癒神エキナスが癒術に目覚めた時代と重なっているとされ、学問に長けた癒師たちの間でよく議論が交わされています。
「南の方はそうでもねぇが、北ウォールズの連中は、戦に負けてからずいぶん変わっちまったでな」
 マンザニータさんの話によると、西の都オピアムを中心とする北ウォールズの人々は、二百年前の大戦に敗れたあと、二都山道でつながる東の都ジンセンの影響を受け、近代化に走っているとのことでした。伝承や伝統を重んじていたせいで時代に遅れ、隣国に敗れたのだと、オピアムの学校では教えているそうです。
 脳裏にジンセンでの暗い記憶がよぎりました。
 老女将はつづけました。
「さっさと村を出たほうがええかもな。漁師(さかなや)の連中にいって船を出してやろうか?」
「ありがたいお話ですけど、私はしばらく残るつもりです。なにか嫌な予感がするんです」