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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第二章(前)】

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【第二章 ラーチランド】


 第九話 アグリモニーの戦争祭


 新暦二〇一年 夏

 ジンセンを出た急行列車は、東海岸沿いの平坦な土地を八時間かけて走り、ベスルートという駅に止まりました。ベスルートは、東国カスターランドと北国ラーチランドの国境近くにある、古い街です。
 本来ならこの街にも立ち寄る予定だったのですが、今の私は指名手配されてもおかしくない身。とにかく今日中に国境を越えなければなりません。
 旧暦時代、つまり最後の戦争より前であれば、旅券の確認が必須でしたが、半島が統一されてからは必要なくなりました。生まれる時代を間違えなくてよかったと、私は胸をなでおろします。
 ベスルートでは、蒸気機関車が燃料補給を行うため、停車時間が長くなります。
 私は四人がけの開放型個室で一人イライラしながら発車を待っていました。この枠にいた乗客が前の駅で降りて、見えざるプレッシャーが減ったことだけが救いです。
 そう思っていたら、派手な模様の頭巾をしたお婆さんが一人、私の向かいに腰掛けました。彼女は私を一目見るや、この土地に不慣れな旅人と見破り、ベスルート近辺にまつわる話をはじめました。
「この辺りは大昔から戦が絶えなくてね。窓の外をのぞいてごらん。そっちじゃない、前の方さ」
 窓を開けて線路をたどっていくと、トンネルが見えます。普通それは山越えを楽にするためのものですが、あそこにあるのは、東西に果てしなく延びた石造りの城壁を通り抜けるためのものでした。
 お婆さんは得意げな顔でつづけます。
「そう、あれが築いてから一度も破られなかったっていう、千年長城さ」
 破られなかった? 私は小首をかしげます。
「穴のことかい? ラーチランドはね、戦で負けたわけじゃない。飯が足りなかったのさ。不作つづきでね」
 二百年前の最後の戦争で、カスターランド勢は堅固な要塞を前に苦しみましたが、北のラーチランドはそれ以上に兵糧が足りず、国民は餓死寸前まで追いこまれました。西の大国ウォールズが敗れ、西南同盟を組んでいた南国カレンデュラも無血降伏したと聞いて、ラーチランド王はやむを得ず統一を認めたのでした。
 千年長城はその名の通り、千年間で一度も落ちなかった、ラーチランド国民の誇りです。手前のベスルートは当時、カスターランドの前線基地があり、長城の本拠があるアグリモニーに劣らぬ要塞都市を築いていましたが、今は解体されて、街も活気を失っていました。
「近代化もいいけどさ、こう寂れるくらいなら、アグリモニーみたいに遺跡を残しゃあよかったんだよ。少なくとも、あんたみたいな暇人がお金を落としてくれるからね」
「そ、そうですね」
 私はひきつった顔で笑うしかありませんでした。
 近代化の恩恵をこうむったのは王都ジンセンやマグワートなどの中核都市だけで、防壁や補給の役目を終えた地方都市は人が減っていく一方でした。
 地図を見ると、ベスルートや長城の東端は海岸沿いにあります。船では行けないのかしらと思っていると、お婆さんはまだ聞いてもいないのに答えてくれました。
「そのつぶつぶはリリー諸島。人は住んでないよ。最初の神話より前の時代には、そこに一つのでっかい島があって、今より遥かに進んだ世界があったそうな」
「へぇ」
「って、頭のイカれた作家が書いてたけどね」
「うぇ」
 私はがくりと頭をたれました。
 作家はメリッサという名の女性で、物語を書くのが盛んな西国ウォールズの人です。
 それはともかく、リリー諸島の海域は、船の竜骨が触れるほど底が浅くて潮の流れも複雑、さらに東には北極海流という、一度乗ってしまったら北の果ての永久氷原まで流されてしまう恐ろしい大渦があります。そういう訳で、この辺りの海路はないに等しいのでした。

 汽笛が鳴り、列車は再び動きだしました。お婆さんは話し疲れたのか、眠そうな目で一点を見つめています。
 窓の外に目をやると、長城の壁がどんどん迫ってきました。
 そして真っ暗……と思ったらもう、壁の反対側に出ていました。横には果てしない千年長城も、厚さはそんなものです。
 期待しすぎて拍子抜けしたのもつかの間でした。よく景色を見ると、お菓子屋さんを思わせるカラフルな壁の家が、こちらでは当たり前のように立ち並んでいます。
 そうか、国境を越えたんだ……。
 感慨が広がりすぎて、体がむずがゆいくらいでした。
 国際警察は麻薬組織や革命家の撲滅に手こずっていますから、私のような小娘にかまっている暇などありません。今回の不運については乗り切ったといっていいでしょう。
 ほどなく列車は、アグリモニー駅のプラットホームに入りました。ピオニー先輩がくれたチケットはここまでです。私はトランクを持ち、眠っているお婆さんに小さくお礼を言って、列車を後にしました。
 駅のトイレでいつもの黒衣に着替え、玄関を出ると、いきなり大通りがあって、その果てに要塞都市アグリモニーの東門がありました。
 駅前に案内板があります。ここで少し予習することにします。
 アグリモニーはラーチランド第二の都市。といっても人口は三万足らず。街をまるく囲んだ城壁の高さは他の要塞の二倍もあり、大陸随一を誇ります。城門は東西南北に一つずつ。戦時に門を守っていた鋼鉄の扉は取り除かれており、行き来は自由にできるようです。
 東門通りの左右には、商店や宿が隙間なく立ち並んでいます。人通りは多いのですが、皆さん城門へ直行で、店に立ち寄る姿はありません。どこも閉まっているようなのです。
 日はまだ高いし、観光客相手なら週末の七曜日は書き入れ時のはず。いったいどうしたのだろうと、様子をうかがいながら歩いていると、一軒だけパン屋が開いていることに気がつきました。
 小腹がすいていたので、中に入ってみると、いい匂いがしてきました。でも、棚はがらんとしていて、商品がほとんどありません。
 長い棒にイボをたくさんつけたようなパンが売れ残っているのが目につきました。
 乾いていてすごく硬い。おやつというより保存食ですね。でも安いし、背に小腹は変えられません。
 代金を払うと、店員の若い女の子はニヤニヤしながらも何も言わず、パンを裸のまま私に手渡しました。ジンセンでは、店の名前が刺繍してある薄い布袋——割引会員証と宣伝を兼ねたもの——をくれたのですが、ここでは習慣が違うようです。
 店を出た私は、右手に長棒パン左手にトランクという妙な格好で、東門のほうへ歩いていきました。
 なんだか恥ずかしい。でも、通行人は誰も気にしていません。それが逆に気になって仕方ありません。土地が違うと、こうも文化が違うものなのでしょうか。浮いてしまってまた捕まることにならないよう、変わっている点はなるべく記録していこうと心に念じました。

 大人の背の三倍はある大きな門をくぐると、狭く入り組んだ街がありました。ここアグリモニーの東地区は、かつて下層市民街だったところです。
 案内板を見ると、外縁を一周する太い馬車道から点線印の小道まで、現在地から幾筋にも枝分かれしており、どこへ向かっていいのか見当がつきません。