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ゆち@更新稀
ゆち@更新稀
novelistID. 3328
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はなのいろは

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ざあ、ざあと雨が振る。
屋根の下から手を伸ばして、触れて、伝う滴。


「直義様」


―…直義様、
二度目の呼び声だけが、しんとした雨音に閉じ込められた鼓膜にようやく届いた。


ああ、すまない。
少しぼうっとしていたものだから。


「何か、私に用かな」
「―…今宵は冷えるでしょうから、部屋にお早めにお戻りになられた方が良いかと、失礼ながらご進言させて頂きたく」


ああ、そうか。そうだったね。


「すまない、ありがとう」
「―…いえ」


失礼、します
頭を下げて、まるで逃げるようにその場を去る後ろ姿に、そこで初めて視線を向けた。


重能、


「重能」
「――…はい?」


この長雨が終わったら、桜は咲くだろうね
すぐにあたたかくなって、瞬く間に京の桜は満開になるだろうね
そう言えば、京に来てから花見なんてしたことがないね
折角、綺麗なのに、可笑しいなあ


「――…直義様、今年は、きっと――…」
「重能」


きっとなんて曖昧な言葉は、為政者が使うべきではないよ

一度だけ合わさった目の、奥に広がるのは、閉じ込められた感情。
だから、今、笑うのが良いのだと思った。
だから、今、笑ったのだと思った。

「――…申し訳、ありませんでした」
「下がっていい。案ずるな、すぐに戻るから」
「――…はい、失礼します」


はなのいろは うつりにけりな いたづらに

わがみよにぞふる ながめ せしまに 

作品名:はなのいろは 作家名:ゆち@更新稀