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D.o.A. ep.34~43

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「…いたい」
「……悪かったわよ」
痛みをうったえると、リノンは治癒術をかけながら低い声で返す。
頭の痛みは、意識をとりもどした時にはほとんどなかった。
一番ダメージを受けたのは鼻で、運が悪ければ鼻の骨が折れていたかもしれない。
幸い鼻血だけで済んだが、白目をむいて鼻血を垂れ流している弟分の姿に、さすがにリノンも血の気が引いたらしい。
「ここ、樹の中か?」
「さあ…」
ティルの魔術による光は、彼の頭上1メートルほどの位置で明々と輝いているが、見える範囲に場所を特定できるものは何一つ見当たらない。
彼はもう数メートル、光球の高度を上昇させるが、やはり全く無個性で無機質な、黒い空間が延々と続いているようだ。
暖かくも寒くもなく、足元も沈むような、浮き上がっているような、なんともいえぬ心許なさを感じた。

鼻の腫れによる赤みがひき、ライルは立ち上がる。
「これからどうする」
黙していたティルが、こちらを見ずに、どこか苛立ったような声で訊ねてくる。
落ちた場所は、とてつもなく広く、目印になるものも何一つない。
リノンの言ったことがもし真実ならば、このだだっ広い空間のどこかに、「大十術士」がいるのかもしれない。
どこへ行けば良いのかは皆目わからないのだが。
「…まあ…とりあえず、歩いてみるしかないんじゃないの?」
「どっちに…」
「…あんたの剣を立てて放して、倒れた方とか…どう」
「俺の剣はまじない士の杖じゃないんだぞ」
「そうよねぇ…」

いろいろ案を出し合っていると、不意にティルが静かに、という。
「足音だ」
「そう?何も聞こえないけど」
「エルフは耳いいもんな」

次第に、彼の言うとおり、小さな足音がしはじめた。
魔術の光のおよぶ範囲下に、濃い色の影が伸び、闇の向こうからその主が姿をのぞかせる。
もしかすると、やってくる者こそが「大十術士」なのだろうか。無意識に背筋がのびた。

「………」
「……」
「…?」

光の下に入って照らされた姿は、想像より、ずいぶんと小さい。
年の頃は10歳前後で、とにかく肌の色が白かった。まるで陽の下に出たことがないような白さだ。
小さな頭は白銀で、耳は長く、大きなくりくりとした両目がいっそうその人物を幼く見せた。
しかし、うかつに気安く声はかけられない。こんな姿でも神かもしれないのだ。
その年頃に見られる、はちきれるような元気のよさがない。感情をそぎ落としたような無表情で、こちらに近づいてくる。
右手には青い輝きを放つランプのようなものを持ち、左肩に鳥のような生き物を乗せていた。
少年が迷いない足どりで、ライルたちの前にたどりついたときだった。

「!…、アル」
その鳥らしき生き物が突然、バサバサと翼をはばたかせ、金属のような澄んだ音で鳴いたのだ。
しばらく興奮したようにその鳥は暴れていたが、少年はそのことより、ライルを見つめている。
「…アル。この人、そうなのか」
不思議と快い鳥の声が、肯定するように鳴いて、静かになった。
「?…え、??な、何…?」
「…そう。わかった」
納得したように、小さな少年はうなずいた。
「…えー、と。あなた…、大十術士?」
リノンがおそるおそる口を開く。その答えは、かぶりを振ることによって返された。

「僕、レーヤだ。……大十術士じゃない」
「じゃ、レーヤ。大十術士から、迎えにいけ、って言われたのか?」
だが、その問いにも、レーヤと名乗った少年はかぶりを振る。

「―――僕、エメラルダさまに、迎えにいけ、と言われている」

言葉を失う。
本当にこの地底のどこかに、人間を導き魔術という業を与えたもう、大十術師のひとり、エメラルダがいる、と言うのか。

この少年の言葉は、少ないながらもはっきりとしている。対話する誰かがいなくては、こうはいくまい。
ならば、少なくともこの少年、レーヤのほかに、誰かがいるのは確かだろう。
大十術師エメラルダか、それを騙る別人か。
とにかく「エメラルダ」は、ライルたちの来訪を知り、迎え入れようとしている。

「俺たちを、エメラルダさまのところに案内してくれるのか?」
レーヤは首肯する。
近くで見ると、いっそう小さい。だが、栄養状態は悪くない。
この事も、この小さな少年が地底にたった独りではないという雄弁な証拠ではないだろうか。

「……あかり、消して」
「え?」
「エメラルダさま、まぶしいの嫌い。…それに、僕も嫌い」
レーヤは、頭上で太陽のごとく燦然としている、小さな光球を示して眉を寄せる。
それを受け、術者のティルは握った手を振って光球を消す。
光源が失われると、一瞬真っ暗になったが、次第に目が慣れると、レーヤの手にある青いランプで事足りた。








作品名:D.o.A. ep.34~43 作家名:har