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ほーろーき

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「おらぁ、吐きやがれ」

 竜二は椅子に縛り付けられて、何度も何度も何度も繰り返し殴られている。

「おめぇの兄貴分って野郎はどこにいやがんだぁ?」

 チンピラ風の若者が竜二の鼻っ柱に拳骨をぶつける。竜二の首がもげそうなほど仰け反る。拳を引くとねっとりと温かい血が糸を引いて滴る。竜二は炎天下の雑草のように項垂れて、腫れ上がった瞼の下から覗き見る。ここは多分港内の倉庫・・・こいつらは・・・三串組。

「止めとけ」

 声の主は・・・三串組の代打ち・・・確か木村とかいう奴だ。目深に被った帽子から小さな三角の目が光だけを放っている。全身白いスーツ。竜二に顔を近づけて囁くように言う・・・香水の臭気に咽そうになる。

「竜二さん。私は別に貴方の兄貴分をどうこうしようと思ってるわけじゃない。ただ純粋に勝負をしたいだけなんです。居場所を教えてもらえませんか?」

 クソ丁寧な喋り方がイラつくキザ野郎だ。竜二はこのシュチュエーションに陥った者が九分九厘とるであろうお決まりの抵抗をする。

「ペッ」

 見事血痰が頬に的中したのを見て竜二は鼠のように笑った。

「てめーコノヤロウ」

 若い衆が竜二の腹を蹴る。竜二は椅子ごと吹っ飛ぶ。木村はハンカチで頬を拭う。

 竜二は死ぬのも悪くないと思った。血がどくどくと擬音をたてながら流れているのを見て、自分の体がこんなに大量の血がを宿していたことが妙に愉快だった。

 虎兄ぃ・・・すまねぇ・・・俺もう死ぬわ・・・でも最後まで言わなかったぜ、俺。

 竜二は誇りたかった。自分の兄貴、賭博の師匠でもある虎一(とらいち)を庇って死ねることを誇りたかった。虎一の賭博の腕が、木村に劣るとはもちろん思っていない。しかしこんな状況で勝負を強制されればいくら兄貴の腕前でも勝負は分からない。というよりも木村が自分の都合のよいルールを押し付けてくるに決まっている。竜二はそう思った。

 木村は、大物然としてハンカチを投げ捨てて深く息を吐いた。そして竜二の表情を見て切れた。こいつは虎一の事を信奉してやがる。これ以上痛めつけても無駄だろう・・・木村は嫉妬のような処理できない感情に押しつぶされそうになり・・・

「やれ」

 とだけ言った。三串組の若者たちは、よしっ!と号令された犬が茶碗に鼻っ面を突っ込む時の様に活き活きとして竜二に近づいていく・・・

「待ちな」

 一斉に視線が向く。入り口に人影。男。

「誰だ?」

「・・・俺を探していたんだろ」

 竜二はビクンと反りながら絶叫。

「兄貴ー!なんで来ちゃったんすかーーー?!」

 木村はこれ以上ないくらいキザったらしく唇を曲げた。

「これはこれは、虎一の旦那、ようこそお越しくださいました」

 虎一と呼ばれた男。年は40前後?猫背、痩せすぎの体。痩けた頬。目だけが人並み外れて大きく異様に澄んでいる。

「竜二を返してもらおう」

 木村は微笑む。

「いいですよ。ただし、私との勝負に勝ったらの話です。そうで無ければ解放することはできません。なにしろこの竜二くんは私との勝負に負けて三千万円の借りを作ってしまったのですからねぇ」

「嘘だ!こいつイカサマを仕込みやがったんだ。それが俺にバレた途端いきなり殴りかかっって・・・」

「てめぇは黙ってろ」

 倒れた竜二の腹にチンピラの革靴が凹り込む。

「どうします?虎一さん」

「・・・やろう」

 虎一はボソッと咳き込むようにつぶやくと勝手に卓についた。

「物分かりがいいですね。さすがです。ではサシの勝負でいいですか?ルールは・・・」

 木村は卓の向かいに座ると勝手にルールを述べ始めた。全く木村主導のゲーム。虎一の打ち回しを研究して作り出された特殊なルールが出来上がっていく。虎一はルールによりがんじがらめにされていった。

「・・・以上です。よろしいですか?」

 訪ねておきながら目がドスを効かせている。断る事を前提としていない質問はただの強要に過ぎない。

「いいだろう・・・ただし勝負は1回。だらだらやっても同じ事だ」

「くっくっくっ、分かりました」

 竜二はもう声が出ない・・・出来る事は虎一を信じて待つことだけだった。そんな竜二を一瞥して虎一は言う。

「竜二・・・見ておけ」

 床にぶっ倒れた竜二に卓上の牌が見えるはずはない。竜二には虎一の背中しか見えない。だが竜二が見るべきものはたぶんそれだったのだろう。

「では」

 木村がサイコロを振る。そして勝負が始まった。親は木村。

 たった一回の勝負。これですべてが決まる。所要時間は5分といったところだろう。

 卓上、刈り込まれた青柴のような羅紗の上、無数の牌がじゃらじゃらとかき混ぜられている。音が止み、二人の前に牌の山が築かれる。虎一、木村、山場から牌を抜き取り自分の前に並べる。この時点で運命はある程度決まっている。この勝負では牌の並びが全てを決めるのである。

虎一は全く色のない瞳で自分の牌の羅列を眺めていた。木村は自牌を確認して口角を捻り上げた。

 虎一という男は不思議な男であった。例えば今この場、正に勝負が始まろうとしているが、勝負に勝っても命の保証は全くない。それどころか高い確率で殺されてしまうだろうことは自明である。虎一にそのことが分かっていないはずはない。しかし、虎一の目には、気負いや焦燥、悲壮感といった感情が見当たらない。かと言って勝負に臨み嬉々としているわけでも、希望に燃えているわけでも無さそうだ。異様に澄んだ目はどこか虚ろである。汚れたものを映すことに倦んだ網膜。虎は死を恐れない。だが時として、その死を恐れぬ瞳が、他者にとって恐ろしく見えるのである。

「邪魔するぜぇ」

 新客。

 一同入り口を見る。

「あ」

 若い衆が息を呑む。

「親分・・・」

 木村も動揺する。三串組組長、三串祖車夫(みくしそしゃお)であった。

「木村、ずいぶん面白そうなことやってるじゃねぇか」

 任侠映画から飛び出てきたような人物であった。生え放題の真っ白な髭、怒りの形相のまま固まった表情筋。巨漢。目は動くたびギロリと鳴る。虎一は平坦な声で言う。

「三串さん・・・」

「虎一、安心しな、儂が立会人になる。木村ぁ!おめぇ勝ったら二人を始末するつもりだったんだろう?じゃあ負けたら同じ目に合う覚悟はあるんだろうなぁ」

 木村は、三串の登場に明らかに動揺していた。三串組代打ちの立場を利用し、組を通さずに荒稼ぎしていたことがバレたのではないかと気を揉んでいた・・・そして組長の目ははっきりとYesと言ってた。つまりこの勝負に乗って、組長は木村を始末する口実にするつもりなのだろう。

 先ほど牌の並びが全てを決めると言ったが本当はそうではない。流れを変える手段が・・・ある。

「ポン」

 虎一は鳴いた。木村の捨て牌を掴むと手の内に取り込む。木村、帽子を跳ねあげて睨む。三串が愉快そうに笑う。

「木村、虎が鳴いたぞ。虎の鳴き声に吹き飛ばされるなよ」
作品名:ほーろーき 作家名:或虎