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暁の女神-Goddess bless you-

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『ひとつだけ、お願いがあるの』

 冷たい色をした瞳をいとおしむ様に眺めながら、女は言った。
 
 守ってくれたなら、貴方の望みを叶えてあげる。心配しなくて良いのよ、可愛い子。私は不可能なことは言わないわ。それに貴方の望みは私の望み、どんな結果が訪れようとも私は幸せなのだから。
もし、貴方が―――――――。

 拒まれることはない、再会の約束を交わし。
 契約の証に、彼女は男の頬にキスを落とした。




 一時的に隊から離れていた曹長が、異変を察知して戻ってきたのは何もかもが終わってしまってからだった。動くものはみな壊れ、機械の残骸と屍とが積み重なるようにして横たわっている。
 数時間前の騒ぎが嘘のように静まり返った虚無の中。生まれながらの軍人であったような男は、奇妙なものを見た。
 白みはじめた空の下で、ひとりの男が立っている。
 ただそれだけならば、なんてことはない。仲間が次々と命を落としていくのを横目に、運よく、もしくは悪くも生き残ってしまったのだろうと同情を交えながら声をかけることが出来たはずだ。
 途方もない悲劇。けれども、ごくありふれた演目。
 これは子どものお遊びじゃない、本物の戦争なのだから。
 しかし、コレは何かが違うのだと、長年の軍務で培われた勘が告げている。
 一面の焼け野原で、彼だけが人知を超えたなにものかの加護を受けている。そんな、非現実的な妄想をさも真実のように受け止めそうになる。気付かずに抱え込んでいた不安に形を与えて、目の前にまざまざと見せつけられたかのような気分だ。
 そんなはずがない、乾いた声で何度も呟く。
 士官として配属された当初から、命令を聞く気は無かった。士官学校出の若造は理論ばかり持ち出して、戦場そのものには目を向けない。噎せ返るような血のにおいの中で、吐き気を堪えながら眠ったことは? 割れた頭蓋、飛び散った脳漿。ぐちゃぐちゃに粉砕され、地面にべったりとこびりついた兵士の遺体を掻き集めた経験など、お前にはないだろう?
 侮っていた。
 何も知らない子どもだと、無理に信じ込もうとしていた。
 時折、氷のような瞳に過る影からは目を逸らした。鋭く砥がれた爪の存在を、底知れぬところがあると訴えかけた直感を。曹長は無視した。
 これは何かの間違いだ、と頭の中で声がした。
 暁の光に包まれたその姿はまるで。

「―――カーライル少尉?」

 とうの昔に見限った上官の名を、恐る恐る呼びかける。
 ゆっくりと振り返った青年は記憶と違わぬ、整った顔を向けてくる。姿勢は良い。そこにいる人物を認識したらしく、ああと小さな溜息にも似た呟きを漏らした。
 端整なその顔立ちの中には陰惨な状況下ではあって当然の、悲愴も、絶望も。なにひとつ見当たらなかった。
 上品な微笑。落ち着き払ったその表情を見て、男は戦慄した。
 深い緑色の軍服は戦火をくぐり抜けたことを示すように、ぼろぼろで、べったりと赤黒いしみで汚されている。
 そんなはずがない。
 綺麗だなんて、思うはずがない。
 薄紅の光がやわらかく彼の身体を包んでいる。彼を害するすべてのものから守るように、また傷ついた肉体や精神を癒すように。

「軍規違反ですよ、バートラム曹長」

 薄い唇がそっと開かれた。




 灰色にくすんだ土壁と古びた赤レンガのしけた建物の前に、小さく丸まった物体が転がっている。冷たい風が吹く度に若干身動ぎするところから、わずかな糧を求めた物乞いだろうと推測する。
 だからどうした、と思う。
 その辛気臭い色味をした建物というのが自分の職場でさえなければ、また、溜めに溜めた机仕事(デスクワーク)が山のように積み重なっていなければ。回れ右をして一杯酒を引っ掛けに行くに決まっている。
 大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。都会の澱んだ空気は溝川の底のように澱み、腐りきったひどい味がする。まったくもって、ままならない。

「おい、そこのクズ。そんなとこでぐうたらしていられると俺サマの通行の邪魔なんだよ、わかったらとっとと失せろ」

 遠慮なく蹴り上げると、がるるると犬じみた唸り声を上げて牙を剥いてきた。なんて奴だ、しつけがなっちゃいない。

「あ、お前やっぱディキンソンじゃねえか! 何しやがるこの馬鹿女っ、噛むな! よだれつけんな、てか俺に近寄んじゃねえ!」
「……か弱い部下に蹴りを喰らわすばぁかは貴様の方であります。発砲許可をいただけますかぁ、ジョーンズ少佐殿」
「ほんと、あったま弱いな。俺本人への発砲許可を出すわけねーだろ。そんな阿呆が何処にいんだよ」
「………じぶんの目の前に?」
「ああもう決めた、お前抹殺な。なんか適当な規定違反とかで上に言いつけてやっから、懲罰覚悟しとけ」

 よろよろと立ち上がった薄汚れた制服(元は濃緑だが、明らかにそうは見えない)の女を冷たく一瞥すると、ぼけっとした表情のまま首を傾げてくる。馬鹿と関わっているとこっちまで頭が悪くなりそうで嫌なんだ、俺は。

「こんなところで何をしているのですか」
「見てわかるだろ! 駄犬の調教、だ……」
「おや、それは楽しそうですね。私も混ぜて頂けますか、キャス?」
「………あ、カーライル中佐~、あ間違えちゃった大佐ぁ。またまた昇進おめでとうございまぁす」

 襟首を掴まれた状態のままで、歩く公害は突如として現れた軍の超大物に、祝辞というにはあまりに軽すぎる言葉を述べた。

「ありがとう、カレン。君とこうして話をするのも久しぶりですね。近頃、身体の調子はどんな具合です? キャスがご迷惑をかけているのではありませんか?」

 大佐殿は、にっこりと品よく、腐れ女に笑いかける。

「はあ? そりゃないですよ、被害を被っているのは俺の方で…」
「カスティエル…?」
「何だよ、俺ひとり悪者かよ!?」

 舌打ちをして足元の小石を蹴っ飛ばす。こっちを見ながらひそひそ話をしている通行人AだとかBに、見せもんじゃねえよ! と怒鳴る。




 家帰って風呂でも入れ、と阿呆な部下を追い払ってひと息吐いたところでお呼びがかかった。…あらやだ、俺ってば人気者で困っちゃう。巨乳でスレンダーな美女なら文句は無いのに、運命ってやつはこっちにそんな優しく出来てはいない。

「失礼しまーす」

 苛立ちにまかせてドアを蹴り開けると、奴は困ったような微笑で応えた。こんな時でも顔をしかめたり、怒声を浴びせたりしないのは尊敬を通り越して呆れる。

「相変わらず、君は乱暴ですね」
「まったまた、そういうところも好きなくせにぃ」
「………気分を害しました、三か月の減給を指示しておきましょう」
「わーっ!? なに熱くなっちゃってんの、この人怖いっ」
「ふふ、私は冷静ですよ。ただ君が少しばかり気持ち悪かったので慰謝料でも頂こうかと考えただけです、半ば本気で」

 やっぱ怒ってんじゃねえか。カスティエルは苦笑を浮かべると、慣れた様子で革張りのソファにどっかと腰を下ろした。ひんやりとしていて、ひどく手触りが良い。

「なあ、ジェラード。お前さん、なにを考えてるんだ」
作品名:暁の女神-Goddess bless you- 作家名:鷹峰