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見知らぬ駅

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気がつくとそこは駅だった。駅なのは確かなのだけど、どこの駅だか分からない。自分がなぜその駅に立っているのかも分からない。どうしてこんな所に居るのだろう。そして何のために。どう考えても私にはそこへ来た理由も、どうやってそこまでやってきたのかも記憶が無い。もしかしたら私は、どこかで事故にでもあって記憶喪失になったのだろうか。慌てて自分の身体を見下ろしてみたが、どこにも怪我はしていないようだ。とりあえずホッとしたものの、ではなぜ? また疑問に立ち返る。
 思いついて駅名の書いた看板を探してみる。キョロキョロと周囲を見回してもそれらしいものが見当たらない。おかしいなぁ。私は狐にでもつままれたような心地で、どうしたものかと考えた。そこへ一人の着物姿の女性がやってきて、気軽な調子で私に声を掛けてきた。

「旦那さん、宿をお探しですか?」
「えっ? 宿?」
「あれ、違うんですか?」
「宿ねぇ……」
「てっきり宿をお探しで迷っておられるのかと……」
「いや。確かに宿は必要かもしれない」
「では是非、当『三日月館』へいらっしゃいまし」
 その女性は人懐っこそうな笑顔を浮かべ、紺地に淡い黄色で三日月模様が染められた着物の、襟に被せた旅館の名が入ったタスキのような物を手にとって見せた。何にしても、ずっとここに立っていても仕方がないと考えた私は、ともかくその女性が勧める宿に泊まることにして彼女について行った。

 宿に着くと、部屋で茶を淹れながらその女性は自分がその宿のお上だと名乗った。ふと誰かに似ているとその時感じたが、それが誰なのか思い出せない。やはり記憶喪失だろうか。
「お客さん、もしかしてふらっと旅に出るのがご趣味なんと違います?」
 お上はそう言うと、少し悪戯っぽい視線を自分に向けて投げた。その視線をどう返そうかと躊躇していると、お上が言葉を続けた。
「違ったらごめんなさいね。でも、駅で立っている時、どこへ行く当てもないように見えたものだから」
「うん。確かにそうかもしれない。時々ふらっと遠くへ行きたくなるんだ」
「奥様にはちゃんと言って出かけるんですか?」
「いや、そんな時は誰にも言わずに出かける癖があるんだ」
「おやまあ、誰にもですかぁ?」
 少し呆れたような視線で睨むように私を見た。
「それじゃあ、おうちの人が心配されるでしょうに」
「ああ確かに。いつも家内にはすまないと思ってはいるんだが……」
「それって、もしかしたらストレスのせいですか?」
「うん。どういうわけか、若い頃からストレスが溜まると無性に遠くへ行きたくなるんだ。それもどこへというのでもなく、ただ遠くへ」
 今回もそんな感じで旅に出てきてしまったのだろうか。
「さようですか。では、ここで精々命の洗濯をして、なるだけ早く奥様の元へお帰り下さいまし」
 お上が部屋を辞したあと、茶を飲みながら部屋の外の風景を見た。空の色がどういうわけか赤と青をマーブル模様に塗りたくったような複雑な色合いを呈していた。まるで青空と夕焼け空が喧嘩をしているようだ。そこには時間なんて存在していないようにさえ見える。何だかふわふわした風船の上に立っているような、落ち着かない気分になってきた。
重要な何かをし忘れたときのような不安感が、入道雲のように湧き上がってくる。

   *  *  *

「あなた。あなた、どうして……」
 いつの間に眠ってしまったのだろう。気がつくと誰かが自分の身体にもたれて泣いていた。そっと薄目を開けてみると、家内の優子だ。珍しく和服を着ている。どこかで見たような紺地に三日月の柄だ。
「どうした? 泣いたりして」
「あなた。どうして帰ってきてくれなかったの? いつもいつも一人で勝手に出かけて。それでも今まではちゃんと帰ってきてくれたのに……」
 嗚咽に喉を詰まらせながら、鼻水をすすりながら、優子は自分に話しかけている。
「あなたが初めてふらっと出かけてしまった時、私は心配で心配で夜も眠れなくて。それでも3日目に無事な姿で帰ってきてくれた時は心底ほっとしたものだったわ。その後も年に一、二度そんなことがあって、それはストレスが満タンになった時のあなたの癖だと理解できた。だからそれからはそんなに心配はしなかったの。なのに、今回は待てど暮らせどあなたは帰ってきてくれなくて。3年も経って漸く帰ってきたのはあなたの亡骸。どうして。どうしてなの? ずっと待ってたのに……」
 言葉を詰まらせた優子は限界を超えたかのように激しく声を上げて泣き出した。
「亡骸。――そうか、今回私が旅していたのは……。優子、心配させて悪かった。今更言っても遅いけど」
 それまで見上げていた優子の顔が、いつの間にか自分の眼下に見下ろす姿に変わっていた。
「優子、本当にごめん」
作品名:見知らぬ駅 作家名:ゆうか♪