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城沢瑠璃子
城沢瑠璃子
novelistID. 41389
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濡髪明神

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京都に知恩院という名の寺がある。
 浄土宗の開祖である法然上人ゆかりの地であり、今なお多くの参詣人で賑わっている。
 そんな知恩院の敷地内に一つ風変わりな神社がある。
 濡髪明神というのがその神社の名前だ。
 昔は水商売の女性が多く参詣していたそうなのだが、今は行っても殆ど参詣人などおらず、時々知恩院の参詣人が興味本位でチラホラ見に来る程度の神社である。
 曰く縁結びに御利益があるそうなのだが、恐らくその「縁」というのも昔と今とでは大分違う物なのだろう。
 そんな事を伺う事の出来る話を、前に一度兄が話してくれた事がある。
           ・
 兄は愛知県のとある浄土宗系の男子校に中学高校と通っていたのだが、毎年京都の知恩院に秋になると「祖山参拝」と称して全校生徒が行くのが年中行事になっていたのだそうだ。
「まあ、祖山参拝自体はかったるいんだけどさ、ほら、自由時間がある程度京都市内でとってあって好きな神社や寺とかに行けるんだよね」
 それが大好きで毎年「祖山参拝」は楽しみにしていたのだと兄はしみじみと語ってくれた。
 そう聞けば大抵の人は兄の事をよっぽど真面目で信心深い人なのか、それともかなりの神社仏閣マニアなのだろうと想像されるのかもしれないが、実際は全く違う。
 実は兄は妖怪が大好きなのだ。妹である私が怪談の方面に幼い頃から傾倒していたのと逆とは言わないのかもしれないけれども、兄は妖怪に小さい頃からハマっていたのだ。
「ほら、怪談ってのも趣があって良いのかもしれないけどさ、やっぱり妖怪の方が親近感沸くんだよなぁ」
 兄は良く私にそう言ってくれるのだが、正直その気持ちは良く判らない。確かに私自身も妖怪に興味が無いとまでは言わないし、良く兄に連れられて行く妖怪イベントでも兄と一緒に盛り上がっている事が多々あるので嫌いな訳では無いのだと思うのだが、それでも兄程はのめりこむ事が出来ないのだ。
 そんな兄である。京都の神社仏閣を巡ると言ったら動機は一つしか無い。
 妖怪の伝説廻り。
 それが、兄が神社仏閣に行く動機なのである。不純な動機なのかどうかはさておき、相当熱を上げて妖怪伝承廻りをしている様で会社員になった今でもちょくちょく京都へ行っては神社仏閣を回っている様である。
「それでさ、俺が中学三年生の時なんだけどな、濡髪神社という所がどうやら狐に関係する伝承があるらしいという情報をキャッチしたんだよ」
 情報をキャッチすれば直ぐにその年の「祖山参拝」で行動に移すのが兄の鉄則だった。
「場所が知恩院の敷地内だったからな。まあ丁度いいやと思って俺だけ他の奴らよりも早めに知恩院に行ってその神社へ向ったんだよ」
 かなり急な階段を二段飛ばしでかけのぼり、大き目の墓地を進むとその奥に問題の濡髪明神はあったらしい。
「それで走って神社の近くまで来た時にピタッとその場に止まったんだよな」
 先客がいたのだそうだ。
 赤い和服を着た女性で、背中しか見えていなかったから年齢こそ判らなかったがそれでも年をとっている様には見えなかったという。
「それでああ、参拝をしてるんだろうなと思ったからさ暫く待とうと思ってその場でボンヤリとその人の姿を眺めていたんだよ」
 赤い和服が目について最初は気付かなかったのだそうだが、暫く見ているとどうもその女性の右手がおかしいという事に気付いたのだと言う。
 右手から血が出ていたのだ。
「ああ、怪我したのかなと思ったんだよ。それにしても今から思えばかなり物凄い勢いで血が出てたんだけどな」
 それで兄はジッと女性の右手を見ていたのだと言う。そうして何故女性の右手から血が流れているのかが判った途端に兄はハッと息を飲んだのだ。
「それな、右手の指が全部切れて無くなってるんだよ。要は詰めてるっていうかさ」
 それが判ると急に女性の事が怖くなって、兄は一歩後ろに退いたのだと言う。
 その時だった。
 女性の姿がフッと前にのめったかと思うと物凄い勢いで神社の本殿の方へと吸い込まれて消えてしまったのだという。
「もう、アッという間だったんだけど吃驚しちゃってさ」
 慌てて兄は女性の立っていた場所まで行ったのだそうだが、其処には別に血が流れた跡がある訳でも無く、何の形跡も見つける事は出来なかったのだという。
「それでもう気味が悪かったからさ、その日はそのまま慌てて逃げて皆と合流したんだよな」
 兄はそう言って言葉を切るとフッと溜息を漏らした。
「まあ、今でもあの女性が何者だったのかは判らないけどさ、多分大好きな人が居たけど未練が残る形で別れてしまったのかも知れないよな。それにしても指が全部無くなっているってのは変な話だけど」
 まあ推測だけどね、そう言って兄は話を締めくくった。
作品名:濡髪明神 作家名:城沢瑠璃子