月も朧に
「物好きにはたまらない仕組みだ。贔屓役者が何役もやるから客寄せにもなる」
「そうそう。俺たちにはけっこうキツイが、かなり為になるしな。自分が何が苦手か、何が得意か、何を鍛錬しなきゃいけないか、よくわかるんだ」
素晴らしい仕組みを作った藤五郎と藤右衛門に佐吉は感服した。
若手の事を、歌舞伎の将来を考えている二人の元で自分の技量を高めて行きたい。
藤屋の恥にならぬよう、芳野屋の名前を高められるよう頑張ろうと改めて思っていた。
「よし。みんな頑張ろう。明日が集合日兼初稽古日だ。利、寝坊するなよ」
「わかってる。吉ちゃんと初めて稽古できる。楽しみだ」
「新参者ですが、よろしくお願いします」
三人は意志を高めあい、その日は解散した。
次の日、鳴海屋の稽古場に若手の役者が集まった。
御曹司は佐吉を含め五人居た。脇を務める役者たちも各家からそれぞれやって来ていた。
「結局、御曹司は俺たち三人と永ちゃんと、三河屋の弟の方か」
又蔵は稽古場を見渡し、そう判断した。
「五人か。五人といったら…… あれしか想像できない。できるかな……」
少し気弱に呟くと、利蔵までそわそわし始めた。
「だよな…… ちょっと不安になって来た。役代わりが鬼だぞもう…… 吉ちゃん、どう思う?」
「え? あれやろ? あれほんまにやるんか?」
年上の男三人が不安がる横で、歳下二人は余裕だった。
三河屋の弟と呼ばれていたのは、石川雪弥。永之助よりひとつ下だった。
「いっぱい役が出来たほうが楽しいよね?」
「はい。兄さんはあれだったら何やりたいです?」
「もちろん、主役」
そうこうしているうちに、今回指導に当たってくれる鳴海屋の長、緒川清十郎が現れた。
静まり返った稽古場に、演目を発表する彼の声が響き渡った。
「『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』 のうち、『浜松屋見世先(はままつやみせさき)の場(ば)』、『稲瀬川勢揃(いなせがわせいぞろ)いの場』以上」
佐吉の初の若手花形歌舞伎の演目が決まった。