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時は既に遅し ―A ring of Moebius―

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「ごめんな、遅くまで付き合わせてしまって」
「気にしないでくださいませ。わたくしが好きでやっていたのですから」

 放課後、事務処理の残業していると一級生(高等部三年生)の高橋麗音(たかはし・れおん)君がやってきて、傘がここに預かられていないかと聞いてきた。赤のビニール傘と黒の唐傘を見せると、彼女は黒の傘を指さし、丁寧に礼を言って受け取った。
 その後、数分世間話して、なんと彼女は自分も仕事を手伝おうかと申し出てくれた。一度断ったが、生徒会活動で事務処理は慣れているからと言った。僕はありがたくその提案を受け入れることにした。

「……わ、外もう真っ暗だな」
「随分遅くまでやっていたみたいですわ、わたくし達」
「あ……もしかして」

 ふと廊下に出ると、既に電灯は消えていた。

「あちゃぁ、やっぱり消されてる」
「大丈夫ですわ。今夜は満月ですからなんとかなりますでしょう」
「そうだな……麗音君、帰りは大丈夫か?」
「はい、先ほど迎えを呼びましたので」

 事務室から出ると、満月が出ているせいか、意外にも廊下の輪郭ははっきり見える。床はいっそ眩しいくらい白く、前後は紺色と漆黒が広がっている。白い床と青白い壁で長方形の世界が形成されていた。
 歩くとキュウキュウと運動靴と革靴がリノリウムの床を擦る音が響く。

「今日は本当にありがとな」
「いえいえ」
「助かったよ、俺一人じゃ、朝までかかってたと思う」
「今日中でないといけませんでしたの?」
「そんなことはないんだけど、やってるうちに熱中してきて……いけないな」
「ふふ、わかりますわ」

 そんな感じで、しばらく他愛もない話をしていると、彼女の肩に糸屑が乗っているのに気が付いた。なんとはなしに手を伸ばす。それにちょうど上がってきた麗音君の手が触れた。

「え、あ……」
「何か?」

 彼女の手は、末端冷え性なのか、氷のように冷たかった。

「ああ……糸屑が」
「それはどうも」

 麗音君は自分で、床に向かってはらい落とした。糸屑は一瞬にして見えなくなった。

「…………」
「まだ何か?」
「いや……」

 胸中に塊のようなものが落ちてくる気がした。それは小さな違和感。沈黙が降りる。下腹部がさあっと冷えていく。今まで沈黙にこうも過敏になったことなど無かったのに。何か、しゃべらないと。

「あ、あの、麗音君は」

 何を言っているのか自分でも分からなかった。

「好きな人とかいるのかな」

 どんな話題だ。成人した男が使うものじゃないだろうに。後悔したがもう遅い。彼女は怪訝な顔でこちらを見ている。

「……ごめん、あの、俺……」
「好きな人は……強いて言えば芳川さんですわ」
「え」

 まさかの爆弾発言……!

「頼れる事務員様として」
「そ、そうか」

 黒目がちの瞳を細めて、麗音君が笑いかけてきた。俺はひきつった笑顔を返す。何を動揺しているんだ俺。

「芳川さんは、どうなんですの?」
「俺かい。俺は……」

 ……ああ、気が付いてしまった。違和感に。

「俺は……」

 汗がこめかみを伝った。今は冬よりの秋だ。

「……どうなさって、芳川さん」

 目の前の女子生徒は、静かに笑っている。
 心臓がバクバクと激しく打ちはじめた。ひどく危険な事態が押し迫っている気がする。
 彼女だって、とっくに気が付いているはずなのに。

「……行きましょうか?」

 影は揺れた。どうして、笑っていられるんだ。

「麗音君……」
「はい?」

 口にしてはいけないと思う。だけど止まらなかった。

「この廊下……長すぎやしないか」