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現代異景【プレ版】

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横田圭一の場合


『病室の怪談』

■ □ ■ □ ■

 入院が決まってからずっと、機嫌は悪かったわけよ。
 そりゃあそうだろ。会社帰りに轢き逃げされて、道路歩いてたと思ったらいつの間にか病院のベッドに寝かされてんだぜ? 体中あちこち痛えし、痛み止めの薬なんてちっとも効きやしねえしさ。治療がまた、とんでもなく痛いんだよ。あり得ねえってぐらい、マジで死んだ方がマシってなことされんだから。こっちはさ、全身打撲だ骨折だって、もう十分しんどいわけ。そこから更にしんどくしてどうすんだよって。病院って患者を治すところなんじゃねえのって。マジでもう、毎日苛々してたね。早く退院してやる、こんなとこ二度と来るかって思ってたから。
 でもまあ、ヤブ医者だったってわけでもなかったのかな。
 何だかんだでしばらくしたら痛みもとれたし、車椅子生活ではあるけど院内とか動き回れるようになってくるとさ、入院生活もそんな悪いもんじゃねえなって思い始めたんだよ。暇なのはどうしようもねえんだけど、仕事は休んでも文句言われねえし、結構懐かしい系のツレとかが見舞いに来てくれたりさ。看護婦もレベル高いんだよこれが。ここの医者、面接は絶対顔で選んでるなって思ったね。他の患者にも聞いてみたりしたんだけど、やっぱここの病院は看護婦可愛いって意見で一致したし。
 整形外科っつうの?
 俺が入院してたのはそこの病棟。内臓が悪いとか、高熱が出てるとかじゃなくてさ、言い方は変だけど怪我してるだけの人間が集まってるわけよ。怪我してるところ以外は元気なわけ。腕折った奴だったら、それこそその腕以外は何にも問題ないわけな。だからみんな、ここの病棟に入院してる患者ってのは特別暇を持て余すんだよ。俺も車椅子で移動できるようになってからは、とにかく暇潰しに院内を動き回ったね。かなりデカい病院だったから、売店とかカフェとかあったりしてさ、一日うろうろしてるだけでもそれなりに暇は潰れるわけ。検査とかリハビリの時間は一応病室で待機してるけどさ、他はもう自由時間だから。
 朝起きてから夜の消灯時間まで、ほとんど病室にはいなかったね。
 とにかく同室のオッサンがクソうぜぇ奴でさ。別の病室から移ってきた奴なんだけど、見舞客が来たら馬鹿でかい声で喋り続けてるし、勝手に仕切りのカーテン開けてテレビカード貸してくれとか言ってくるし。しかもそのテレビカード返さねえんだよ。あれは貰ったものだ、若い癖に細かいことを言うなとか怒鳴ってさ。会社のツレが見舞いに来たときなんか、ああ、おまえの同僚か、似たような奴らがつるむんだな──とか言ってくるわけ。さすがにキレそうになったけど、ツレがいいからいいからっつって止められて。
 シーツ交換したら、皺だらけだ、俺が見てる前でやり直せとか言って、看護婦呼びつけんのよ。んでやり直してる途中で尻触ったりすんの。だからさ、看護婦からも超嫌われてんのよ。俺も無視してたし、四人部屋だったんだけど、他の二人もそのオッサンのこと滅茶苦茶嫌っててさ。オッサンがいなくなると、みんなで悪口言いまくってたね。嫌な奴がいると、他の連中って特に理由もなく仲良くなんじゃん。まさにあんな感じでさ。おかげでオッサンがいること以外はそれなりに快適な生活ができてたわけ。
 入院生活が馴染んできた頃さ。
 確か──十月の終わりぐらいだったかな。
 やたら早い夕食が終わって、煙草吸いに行こうと思って一階に下りたんだよ。
 院内完全禁煙とか言ってさ、今はそういう病院ばっかなんだろうな。病院の入り口脇にお情けみたいな喫煙スペースがあって、吸いたい奴はそこでひっそり惨めに吸ってくださいみたいな、そんな感じだよ。俺もまあ禁煙しようしようとは思ってたんだけど、入院してると他に楽しみもなくてさ、ついつい吸っちゃうわけ。
 受付の前を通ると、まだ何人か待ってる人がいたな。指定病院? 救急病院? 何かわかんないけど、とにかくそういう病院だったらしくて、診察時間が終わっても急病の人とかは普通に来んのな。医者とか看護婦は大変だなって感心しながら、まあ何にもなく入り口を出た。
 外はちょっと肌寒かったかな。薄手のパジャマみたいなやつ着てたから、余計にそう感じたのかもしんないけど。でもすっかり秋って感じで、枯れ葉がかさかさ風に飛ばされてきたりしてたよ。今年は海にも行けないし、彼女と紅葉見に行きたいって話してたのもお流れだ、ってちょっとヘコんだりしながら、喫煙スペースまで車椅子転がしてった。
 そしたら、先客がいたのよ。
 同じ病室の奴。大学三年生とか言ってたかな。眼鏡かけた、ちょっとオタクっぽい感じの、何かすげえガリガリの男でさ。でも話すと結構面白い奴で、それなりに仲良くやってたんだよ。そんときも適当な挨拶して、煙草吸いながら世間話してた。
 十五分ぐらい話してたかな。ちょうど話題が同室のむかつくオッサンの悪口になったときさ。
 いきなりそいつが変なこと言い出したんだ。
「──マジ迷惑ですよあのオッサン。消灯時間過ぎてもグダグダ喋ってんだから」
 最初はおかしいと思わなかったんだけどな。
 でも、それが昨日のことだって言われて、変だって思った。
 同じ病室だからさ、話し声だって当然聞こえるわけじゃん。でも昨日はあのオッサン、珍しく早めに寝たはずなんだよ。いっつも夜遅くまでテレビつけてたり、ラジオをガンガン音漏れさせてたりで看護婦に注意されてたんだけどさ、そんときは珍しいこともあるもんだって思ったからよく覚えてる。
 それ言ったら、眼鏡君がさ、
「携帯ですよ携帯──」
 一応その病室の説明しとくと、入り口から向かって両サイドに二つずつベッドが並んでるのな。入り口側の左が俺のベッドで、右側が眼鏡君のベッド。窓側左がもう一人の患者で、窓側右に問題のオッサン。だから眼鏡君はオッサンの隣になる。一番迷惑する位置なわけ。逆に俺は位置的に離れてるから、小声でブツブツ言うぶんには聞こえない。
「あいつ、夜中になっても携帯で何か話してんスよ。てか病院で携帯って駄目でしょ」
 携帯で何を話しているのかはよくわからない。
 ただ、ぼそぼそと小声で話しているのはわかる。
 毎晩隣でやられたらたまったもんじゃない──っていうのが眼鏡君の意見で、実際俺も隣のベッドだったら文句の一つも言ってたろうなって思ったよ。眼鏡君はもうすぐ退院だから揉め事起こすのも面倒臭い、文句言ったってどうせ直らないとか愚痴ってたけどさ。
 まあその後も適当に雑談して、煙草吸って、いい加減寒くなってきたから病室に戻った。相変わらずオッサンはでけえ音でラジオ聞いてて、眼鏡君は「マジで死ねよジジイ」とか言いながら自分のベッドに戻る。俺もやることないからベッドに戻って、ツレが持ってきた雑誌とか読みながら時間潰してた。
 んで、その日の夜な。
 やっぱさ、気になんじゃん、携帯使ってるとか言われたらさ。
 別に俺はペースメーカーとか入れてねえし? 心臓悪いわけじゃないからさ、病院で携帯使ったら健康がどうこうとか言うつもりはないんだけど。どんな話してんのかとかさ、やっぱ聞いてみたくなるわけよ。
作品名:現代異景【プレ版】 作家名:名寄椋司