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こんこんさま、いだがい?

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こんこんさま、いだがい?


 山越えで川越えで、こんこんさまいだがい?
 ――いだぞい。
 なにしてだい?
 ――今流しで、骨齧ってだ。
 うわぁ、いやしこいやしこ。
 山越えで川越えで、こんこんさまいだがい?
 ――いだぞい。
 なにしてだい?
 ――今二階で、化粧してだ。
 うわぁ、おしゃれこおしゃれこ。
 山越えで川越えで、こんこんさまいだがい?
 ――いねいぞい。
 どこさ行ったい?
 ――山さ行った。
 嘘。尻尾が見える。アレ、手も見える。アレ、ピクピク耳が動く。
 ――見つかったな……………………捕むぞっ!!


「ぅわぁぁぃ……」
 力なく項垂れる。九回裏、五対〇。満塁ホームランでも逆転サヨナラは無理。
 私は力なく項垂れ、試合を見切る。これ以上見ていてもみじめな気持になるだけだ。
 それにしても、腹が減ってきたな。飲み物もないし、もう遅い時間だが買い物にも出かけようか。
 私は腹を掴む。むぅ、夜食は肥満を呼ぶ。ただでさえ最近は増え気味だというのに、これ以上は死活問題となる。
 しかし、今日は昼を抜いた。ならば、摂取カロリー的には平日より少なめ、ということにはならないだろうか?
 そうだ、そうに違いない。私は夜食は脂肪になりやすい、という事実から眼を逸らし、耳を塞ぎ、夜の町へと彷徨い出たわけである。
 コンビニまで徒歩一〇分。人里に近いようで微妙に遠いのが私の暮らす部屋だ。近くにそれほど大きいわけではないが山があり、誤解を恐れず分かりやすく言えばドラえもんの裏山のような山である。普通山に近付けば自然と人里から離れるものであるが、この山は麓まで民家が乱立している。
 そうは行っても山は山。それなりに広く、また、すぐ近くにまた他に山がある為、ドラえもんに出てくる裏山のようにぽつんと一山だけ直立しているわけではない。
 私の部屋とコンビニは、その外周を歩いていけば着くような位置関係だ。
 夜道は私一人だ。道すがら通りすがる人影もなく、また、車の駆動音も聞こえてはこない。ただ虫が囀り、夜鳥が鳴くだけの静かな夜だ。
 私はその夜道をのろのろと歩いていく。すると、目の前を何かが横切る。
 野犬……いや、狐だった。この辺は鼬や狐、狸が出る。たまに猿が降りてきたりもする。山が近いので、ゴミ袋を荒らされることがままあるのだ。
 狐は山の方に走り去って行った。
 私はそれを見送り、また歩き出す。
 ――やーまこえでー、かーわこえで、こんこんさーまいーだーがい?
「……?」
 暗路に差し掛かった頃だった。ふと、子供の歌声が聞こえてきた。
 ――いーだーぞい。
 今度も聞こえた。
 ――何してだい?
 ――今流しで、骨齧ってだ。
 ――うわぁ、いやしこいやしこ。
 その歌声を探っていくうちに、私は真っ暗な小路に眼を停める。真っ暗な小路だ。両脇を木板の垣根で挟まれていて、山の方向に向かっている。
 私はその歌に誘われるように、小路に足を向けた。
 ――やーまこえでー、かーわこえでー、こんこんさーまいーだーがい?
 ――いーだーぞい
 真っ暗な小路を歩いて行く。長い小路で、そして何より暗い。しばらく歩くと、曲がり角に差し掛かる。そこから橙色の明かりが洩れているのが見えた。
 ――何してだい?
 ――今二階で、化粧してだ。
 ――うわぁ、おしゃれこおしゃれこ。
 曲がり角を折れる。すると、目の前に石灯篭に囲まれた石畳の道があった。石灯篭の中では蝋燭の炎が揺れている。その道を歩いていく。目の前に山を頂くその道は、石灯篭の炎に照らされて揺れていた。
 石灯篭の道の先、小さな社が鎮座していた。
 その光景はとても奇麗で、そして無気味であった。
「やーまこえでー、かーわこえでー、こんこんさーまーいーだーがい?」
 その社の前、鳥居の先に子供が立っている。多分男の子だ。
「いーないぞい」
 歌は男の子のモノだった。
「どこさ行ったい?」
 男の子は一人、わらべ歌を歌っている。
「山さ行った」
 何なんだ? こんな所、私は知らない。こんな子供、私は見たことがない。
「嘘。尻尾が見える」
 きりきりと、男の子の首がこちらへと向き始める。彼の腰には白い帯が見える。
「アレ、手も見える」
 なんだか、気味が悪い。いや、明確な警戒心が私の中で首をもたげる。彼の手は獣の腕であった。
「アレ、ピクピク耳が動く」
 遂に、男の子の首が曲がってはいけない角度に達する。
「――見つかったな」
 狐の面だ。真っ白な化粧をした狐のお面を、男の子は被っていた。
「あ、あ……」
 狐の面がにやりと笑う。
「捕むぞ…………っ!」
「ぅ、ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」
 狐面の少年はその一声でで、私を追いかけてきた。
 なんだなんだなんだ! 一体何なんだっ! 人の首はあんなに回らない。大体なんで私は追いかけられているんだっ?
 響き渡る哄笑。子供の笑い声が辺りに反響してどこに狐面がいるのか分からない。
 走れど走れど、小路は終わる気配を見せない。
 なんでだ。あり得ない。こんなのありえないっ!
 背後の気配は消えない。だけど振り返りたくはない。もし背後にいたら、私の心は折れてしまう。
 やっと小路の出口が見える。どんどん濃くなってゆく背後の気配と、ゆっくりと近付いてゆく小路の出口。私は必死の思いで地面を蹴る。大丈夫だ、あそこまで、あそこまで辿り着ければ、私は助かるっ!
「――つぁぅっ!」
 これ以上に気配が大きくなりようがないと思った時だった。私は小路より脱出した。すると同時に、その気配が消えた。
 振り返ると、そこには道なんてなかった。花束が一束あるだけであった。

 次の日、私はまたあの袋小路へと向かった。昨夜と変わらず、花束が一束あるだけだ。
 近くを通りかかったおばさんを捕まえて、そのワケを聞く。
「ああ、あそこね。あそこね、子供が事故に遭ったのよ。最近越してきた子で、ほら、昨年のアレ。アレでこっちに移り住んできたのよ」
「アレというと、アレですか?」
「そうそう。近付いたら病気になるって言うじゃない。ホント、迷惑な話よ」
 そうおばさんは吐き捨てるように行って、その場を去った。
 どこにも噂に踊らされる人間というのはいるらしい。そもそも他人に癌を発症させるほど強い放射能を持つ人間がいたとしたら、その身体が放射化する前にその強い放射線で死んでしまう。また、体内に放射性物質を持つとしても、本人に影響がないのなら他人に影響を与える訳がない。放射性物質による甲状腺癌を治療する医者がいなくならないことからも、その影響の程度はたかが知れている訳だ。
 それでも気になるのならガイガーカウンターでも持ってきて測定してしまえばいい。人としてどうかと思われる行為かも知れないが、誤解したままよりも幾分もマシだ。今時ガイガーカウンターなんて簡単に手に入る。ネットで注文してしまえば数日で配達される。
 コレは最早呪いだ。人の間で恐怖によって育まれる呪い。その呪いは放射能という具体的な形を持っているから、社会に受け入れられたのだ