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御瑞かっぱお
御瑞かっぱお
novelistID. 37571
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飛んで火に入る

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 今なら羽なんかなくても、飛べそうな気さえする。どこまでも。月にさえ行けそうだ。
 早くまた彼女に会いたい。
 きっと彼女は麻薬なのだ。強い中毒性を持っている。
 美しい、美しい私の、双子。
 そう思うたびに背筋に痺れるような、蕩けるような蜜が流れ、脳へと溜まる。
 その蜜が全神経をむしばみ、体の感覚を鈍くする。
 同時に、度数の高いアルコールを飲み込んだような、焼け爛れるような焦燥感に胸を襲われる。
 なんて幸せなんだろう。




 今日の夕方も彼女に会えるだろうか。
 夕刻が近づくにつれて、自分が落ち着かなくなっているのを感じる。
 彼女と会えると知って、落ち着いていられるものなど、いるのだろうか。
 いやしないだろう。
 もはや私に、私たちにとって彼女は空気同然だ。
 水中に長く潜っていると、空気がほしくなる。いや、空気がないと死んでしまうのだ。
 私たちは常に水中から彼女を求めている。久方ぶりに吸える空気は、肺を、脳を、細胞を満たし、私たちに生きる許可を与えるのだ。
 私は昨日も会ったにも関わらず、彼女の中毒性に神経を犯され、水中で生きることなどできなくなり陸に上がろうとしている爬虫類だ。
 早く空気を吸いたい。


 しかし夕刻になろうとも彼女は現れない。
 なぜ来てくれないのだろう。
 どうしようもない不安に駆られ、彼女を探そうと思った。
 すると、どこかで強く空気が振動しているのに気付いた。


 辺りを見渡し、頭上を見渡し、ようやく見つけた。




 ああ、なんてことだろう!

 彼女が、私の双子が、蜘蛛の巣に引っかかり、苦しそうにもがいているではないか!

 動けば動くほど、蜘蛛の糸は絡みつき、羽は曲がったり縒れたりしている。彼女の宝石のような鱗粉は、空気の振動を表しているかのように、舞い散り、蜘蛛の糸やその近くの花や葉、地面に降り積もった。
 彼女が大層暴れるものだから、巣の住民である蜘蛛が彼女に気づいてしまった。そして、我々よりも多い足をゆっくりと、まるで彼女を急かすように近づいた。
 助けなくては、彼女が蜘蛛に食べられてしまう。




 ――助ける?




 何を助けるのだろう。



 彼女は今、とても美しいのに。


 静かだ。きっと、太陽も、花も、葉も、木も、ほかの生き物も、彼女に釘づけなのだろう。
 こんなショーは、きっともう見ることはできないのだから。
 見蕩れてしまう。彼女の狂った姿に。

 


 ああ、蜘蛛が彼女にさらに糸を絡めている。
 (――美しい)

 彼女は生きたいという欲望に溺れている。
 (――美しい)

 手足をばたつかせ、蜘蛛に助けを乞う。
 (――ああ、なんて美しいのだろう!)


 彼女の一世一代のショーに、私たちは大変興奮した。
 生きたいと願う彼女の姿は蠱惑的だった。


 蜘蛛が彼女に足をかける。そして顔を近づけ、野卑でいやらしいことを囁いている。その言葉で彼女は、淫猥なものに私たちの目に映った。
 蜘蛛が彼女へと噛みつき、彼女はより一層体を痙攣させた。
 蜘蛛がゆっくり彼女の肉を食み、彼女の肉体を胃袋へと収めていく。
 きっと彼女の体は甘いだろう。彼女は毎日蜜を吸っていたから。
 しかし、蜜なんかと比べ物にならないくらい甘いだろう。彼女の存在が糖分の塊のようなものだから。飴細工のように、麗しく美味なのだ。姿も、きっと味も。
 彼女が凌辱され、捕食される姿はこの世の禁忌を詰め込んだように私たちを好奇に奮い立たせた。
 この劇的でエロティックな見世物は、カニバリズム的興奮へと私たちを誘った。
 蜘蛛の巣に残る、彼女の繊細な足は、私たちをネクロフィリアにした。
 そして、彼女が暴れ、鱗粉を大量に落としたせいで向こうの景色がが透けて見える、くしゃくしゃになった羽は、情夫と交わる際に情夫の手によって紐を解かれ、所在なさげに放置されたドレスのように、より一層猥らで、秘密の香りがした。


 彼女は、自身の美しさに殺されたのだ。



 彼女が美しいばかりに、最後の最後まで私たちを魅せ続け、救済を与えるべき神の手も彼女の魅力に毒されて、麻痺してしまった。

 しかし、彼女を失っても、彼女の中毒性は消えず、むしろ強いものへとなってしまった。

 あの、蜘蛛に食べられる瞬間、苦痛と恐怖に歪む彼女の姿はいつもの彼女よりも何倍も、何十倍も、いや、比較することが愚かしいとさえ思えてくるほど、美しかった。




 なんて淫靡なのだろう。




 なんとなく、彼女が昨日夕刻に言っていた言葉を理解できた。

 ――暗闇に浮かぶ小さな太陽のような明かりへ迷うことなく飛んでいく貴女達は、とても生き生きしている。

 そういうことか。
 死に向かう姿は、誰でも魅力的なのかもしれない。
 そして、より一層に生き生きして見せるのかもしれない。


 ならば私は今日も、





 飛んで火に入る夏の蟲となろう。
 

作品名:飛んで火に入る 作家名:御瑞かっぱお