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里海いなみ
里海いなみ
novelistID. 18142
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未完完結

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――さて、この事件の真相は

 そこまで書きながら私の指はキーを打つのを止めてしまった。一瞬だけ軽快に音が響いた室内は今日何度目かの静寂に包み込まれた。厚いカーテンの向こうは太陽が支配しているのか月が支配しているのか分からない。どちらが支配しているにしろ、一日中室内に居る私には全くと言って良い程関係がない。まあ私一個人としては月が支配してくれていると良い。太陽の強い光は目が痛くなってしまうからだ。
 眠気覚ましの濃いハイビスカスティー――私はコーヒーが飲めないので酸っぱいこの紅茶がお気に入りだ――を淹れながらカレンダーを見た。ここしばらくのカンヅメで日付の概念がごっそり抜け落ちてしまった私には何の意味も成さないが、二週目の木曜日に赤いペンで締め切り、と書いてあった。数日振りにテレビをつけてみると、左上に六時十三分と表示されていた。にこやかなアナウンサーの顔が少しばかり憎らしい。マグカップの中で湯気をたてる紅茶はまだ飲むには熱く、冷めるまでそのアナウンサーの笑顔を見てやる事にした。ごくごくありふれたニュースの中に混じる殺人の言葉、自分でも眉間に皺が刻まれるのを感じた。日頃ミステリーやホラー小説を書いている身だが、やはり本物には抵抗があるのが人間というものだろう、死は総じて忌むべきものなのだ。ふと、耳に入った天気予報では今日は晴れらしい。今日も外には出られそうにないなと内心息を吐き、紅茶を啜った。大分温くなっていたが、酸っぱい。少し砂糖を入れれば良かった。半分ほど飲み終えたカップを揺らしながら、原稿という現実から思考を飛ばしていた私は少しの間遠くのほうで鳴る呼び鈴に気付けなかった。良くもまぁ飽きもせずに鳴らせるものだと感心してしまうくらい連打される呼び鈴。いまどき小学生でもしないだろうと突っ込みを入れながらカップをガラス製のローテーブルに置いて玄関へ向かった。もちろんその間も呼び鈴は鳴りっぱなしだ。

「……君今何時だと思ってる?」
「朝の六時半。珍しいな、ミキちゃん起きてたのか」
「ミキちゃんはやめて。起きてるも何も寝てないんだから当たり前。で、君は何をしに来たの?」

 開いたドアのその先には、可愛らしい(とは口が裂けても言えない)甥が立っていた。普段の制服である黒い詰襟姿では無く、赤シャツに黒いジャケット、ジーンズとなかなかにラフな服装だった。首元に光るのは高校合格時に買ってやったドッグタグで、少しだけ嬉しかった。まあ入れ、と促がしてやると、足を踏み入れるや否や勝手知ったる何とやらでてきぱきと自分のコーヒーを淹れ始めた。コーヒーが苦手な私の家にそれがあるのも、ひとえにこの甥のせいなのだ。

「ミキちゃん朝飯」
「俺が家事出来ないの知ってるでしょ、そもそもまだ仕事終わってないんだから」

 コーヒーの苦い香りが部屋に漂いだした。さっきまで私が飲んでいたハイビスカスの香りは一掃されてしまったらしい。
 ここで余談だが、私は名前を三井美貴という。ミキではなくヨシタカだ。職業は小説家で、ミステリーやホラーを書いている。現在三十一歩手前。
 目の前で我が物顔でソファを占領しているこの甥は相原秋。アキではなくシュウだ。お互い読み方を変えるとまるきり女のような名前をしている。高校生である彼は、諸事情により親から離れ一人暮らしをしているのを良い事に休日はこうして私の家を訪れているのだ。大体は学校の宿題をしていたり私が持っている本を彼が読んでいたりして、原稿を終えた私が気付くと食事を残していなくなっているのだが。
 可愛げの無い事にブラックコーヒーを飲む甥は私を一瞥すると宿題を取り出すでもなく本に手を伸ばすでもなく、優雅に足を組んで口を開いた。

「ミキは空飛ぶ猫って知ってる?」
「空飛ぶ猫……? 何それ、新しいアニメかなにか?」
「……たまには生きたメディアに触れたらどうだよ? 前なんかの番組に出てたんだけど、廃マンションの間を猫が歩いてるってやつ。……本気で知らねぇの?」
「知らない」

 カンヅメになっている間は新聞以外のメディアとは極力触れないようにしているので、そういった情報は一切入ってこない。だから私が空飛ぶ猫を知らないのは当たり前だというのに、この甥ときたらまるで私が全面的に悪いというような表情を浮かべて見つめてくる。私は悪くない、締め切りなんてものを作る編集部が悪いのだ。ため息を吐いた私は偉そうに座っている甥の隣に腰を下ろした。
 やはりコーヒーの香りは苦い。座った私の右手を取り指で遊びながら甥は更に口を開いた。

「その空飛ぶ猫、俺も見たんだよね」
「…………は?」
「いや本当に。ここの近くに取り壊し予定のマンションがあるだろ、そこのベランダから少し離れた中空に猫がいたんだよ。飛んでたってよりは何も無い所を歩いてたみたいな感じだったけどな」
「それで? どうなったの」
「おしまいさ」
「は?」

 ぽかんと口を開けた私にちらりと視線を寄越して肩を竦めた甥は、残りのコーヒーを一気に呷った。ジュースや紅茶よりもコーヒーの似合う高校生というのもいかがなものだろう。若干悔しくなった私は未だに取られたままの右手を引き抜き頭を叩いてやった。少し痛そうにしていたのをいい気味だと思ってしまったのは大目に見て欲しいところだ。というより、何故私にその話をするのかわからない。あの赤いペンの締め切りという文字は甥が自分で書いたものだから、頭の良い甥が忘れるはずは無い。さっきつけたニュース番組では今日は一週目の日曜日だと言っていたからそろそろ追い込みをしなければならない時期なのだ。それを誰より熟知しているはずの甥の考えがわからなかった。私がこの原稿を落としても良いというのだろうか。問いかけて肯定されでもしたら私は暫く立ち直れなくなっているかもしれない。
 すっかり空になったカップをまだ少し残っている私のカップの隣に置いてソファの背もたれに仕事を与えるように体重を預け、それはもう暢気に大きな欠伸をする甥を横目に気付かれない程の小さなため息を吐いた。締め切りまで今日を入れて五日、日曜を完全に潰して四日。私の脳裏には水曜日電話越しに担当編集に平謝りしている自分の姿がありありと浮かんでいた。

「なあミキ、今日そのマンションに行ってみようぜ」
「嫌」

 天井を見つめたまま軽い調子で言われた言葉に私は即答を返した。日中外に出るなんて買出しくらいなのに何を好き好んで大した理由もなく外出しなければならないのか。その気持ちを込めて睨んでやると、情けなく眉を下げた甥が背もたれから身を起こして腰にしがみついてきた。しかも、

「ねえ、美貴叔父さんってばあ」

 なんて猫なで声までつける出血大サービスっぷりだ。自分より図体のでかい人間に甘えられるなど本来なら鳥肌モノだが、如何せん私はこの甥に甘い(と良く姉に言われる)。強く跳ね返すことも出来ず、私はまた流されるように頷くしかなかった。
 とはいうものの、私は着替えてもいないしお互い朝食も食べていない。しかも、よく聞くと猫が空を飛ぶのは深夜だという。まだ時計は七時を少し回ったところだ。そのことを甥に言うと、あっさりこう返された。
作品名:未完完結 作家名:里海いなみ