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中川 京人
中川 京人
novelistID. 32501
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無言でいいんだ青春は

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わたしがいつものように駅の南側にある踏切を渡ろうとすると、カンカンと鐘が鳴り出したので、わたしは渡るのをやめて踏切があくのを待とうと思った。十五回くらい鳴ったところで遮断機がゆっくりと動き始めた。そのとき踏切の中には、こっちを向いて歩いている人が、まだ六人くらい残っていた。
 わたしは、「早よせな、電車にひかれる」と内心あせっていたけど、それやのに、当の本人たちは誰もあせっていなくて、ふだんどおりの足取りで歩いてきて、上から斜めに降りてくる黄色い棒の下をゆうゆうとくぐっていた。
 わたしは、「危ない! 電車が来る!」と叫ぼうとしたけれど、だれもさわいでなんかいなかったので黙っていた。白いワイシャツを着たサラリーマンのおっちゃんも、真っ黒い顔をした坊主頭のにいちゃんも、自転車を押して歩いているおばあさんも、みんな寝ているみたいな顔をしたまま、でも、あとの人の方ほど、だんだんと小走りになってきて、腰を折って棒の下をくぐっていました。
 あ、でも、ひとりだけ違う。ひとりだけ助からん。
 いちばんあとに自転車を押していたおばあさんが、踏切に閉じ込められてしまった。
 わたしのおばあちゃんよりずっと年寄りに見えた。両手でハンドルを支えているから、手が使えないし、低くかがむこともできなくて困っている。その場でもじもじしているみたい。
 でも、おばあさん、ひとことも何も言わない。自転車のフレームを棒に押し付けたまま、もじもじして笑っているようにも見えた。そのとき鐘はもう、五十回くらいは鳴っていた。
 そのとき、わたしの左側でガシャンと音がしたので見ると、どこかのおっちゃんが、自転車をこかしてしまっていたのだった。おっちゃんは、近くのスーパーから純水をくんできて自転車に乗せてきた人だった。そして自転車を降りて、わたしとおなじように踏切で待っていたのだけど、なんで自転車をこかしてしまったのか、わたしは知らない。おっちゃんはあせって自転車を起そうとしたけど、水のタンクが重くて、自転車がゆらゆらゆがんでなかなか起き上がらなかった。すると、おっちゃんは起すのをあきらめて、踏切に閉じ込められているおばあさんのところにダッシュした。かっこわるかった。
 そして、おっちゃんがおばあさんの前の遮断棒を押し上げようとする直前に、ちょっと前に踏切を渡り終えた勤め人風のお兄さんが駆けもどってきて、棒をぐぐっと上に持ち上げようとしたけど、棒がしなってしまった。
 お兄さんとおっちゃんは、ふたりで何回も手を持ちかえて棒を上へ押し上げたので、おばあさんは、ようよう脱出できた。
 その間、お兄さんもおっちゃんも、まわりの人もわたしも、誰も何も声を出さなかった。ただ、おばあさんだけが、「すんまへん、すんまへん」と5回か6回くらい謝っているのが聞こえた。そして、おばあさんが渡り終わると、別に、ぎりぎりでもなく電車が入ってきて、あとは、みんな知らん顔をしていて、あたりはいつもと何も変わらない夏の踏切にもどった。
 誰も何もしゃべらなかった。
 全然、ドラマみたいじゃなかった。
 わたしの横を、お兄さんとおっちゃんが走っていったとき、いっしょに何か風がすうーっと通っていっただけ。