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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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カフェ・サニーディサンデー

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 成立しなくてともかく困るのは彼女の親及び親族である。そして、彼女の実家と関わりのある企業だったり、政府だったりである。親は彼女を強引に連れ戻すことに決め、権力をフル活用して彼女のビザを取り消させた。荷物をまとめるなどの時間として、彼女に残された時間は一週間。国外退去扱いになるため、数年は日本に入国できなくなる。しかし、諦めきれない彼女は、なんとか両親に彼との結婚を認めさせようと考えた。早い話が、子どもを作ろうとしたのである。彼女の母国は中絶を認めておらず、しかもそれは宗教的な理由に拠る。隣国と揉める要因になる程度には日本人からは想像もつかないくらい政治と宗教が強く結びついた敬虔なお国柄故、もし彼女の実家のような立場の人間が娘にそんなことをさせたのが表沙汰になったら、一気に没落するだろう。しかも彼が東洋人であるおかげで、子どもはそのままとして本来の婚約者と結婚させられることもないはずだ。その男の子どもでないことは一目でわかるから。そんな危険を冒すくらいなら一族には同世代の女性が他にもいるから、どうせ先方だって彼女個人にこだわりがあるわけでなし、平謝りに平謝りの上、彼女たちの誰かを代わりに差し出したほうがまだ少しはましだと実家は判断するはずだ。彼女はそう言って彼に迫ったのだそうである。そんな場面を、彼を確保して彼女が帰るまで指一本触れさせないようにしようと考えた親らが派遣した大使館員が急襲した。
 さらにそこに彼女と婚約者との結婚が破談になればいいと考える彼女の母国のマフィアが乱入したせいで、事態は余計ややこしくなった。
 彼らの主な資金源はかの国と彼女の婚約者の国との間での武器や違法薬物などの密貿易である。この結婚が成立し、二国間の結びつきが強くなってしまうと、取り締まりが厳しくなり、今ほど甘い蜜は吸えなくなる。彼女が日本に恋人をつくり、結婚を渋っているという情報を掴むやいなや、上手いこと彼らを利用できないものかと企んだようなのだ。
 部屋と大使館員とマフィアとYシャツまくりあげている彼女と私。この状況にさすがに恐れをなした彼は、三つ巴のどさくさに乗じて部屋から逃げ出した。
 彼を捕獲して彼女と引き離したい、彼女が帰ったら解放するし危害は加えないとは言いつつもいまいち信用していいのかわからない大使館員、彼女とくっつけてはくれそうなのだけれどそもそもの職業からして信用ならないマフィア、そして開き直ってしまってどんな手を使ってくるかわからない、今後のことを考えると果たして結婚してしまっていいものなのか迷う彼女。それらのすべてから追われる身となってしまった彼は、今までになく絶望的な表情で、相方に連れられてサニーディサンデーにやってきた、のだそうだ。
 
「……エクストリーム自由形にも程がありますね」
 そこまで行くと最早地雷物件を通り越し原子爆弾かなにかの類ではなかろうか。国際問題に発展しかかっているのだと言うし。ふとそんなことを口にすると、件のエネルギー関係の財閥ではウラニウムなどの核燃料も取り扱っているらしいとマスターは言い、ひなたの背筋が夏だというのに盛大にひんやりと冷え込む。マスターがこんな禁じ手を使ってまで彼を庇い彼女の政略結婚を成立させようとした理由がわかった気がした。それが、彼女にとってこの世の不幸以外の何物でもないとしても。意に沿わぬ結婚は気の毒ではあるが、誰だって命は惜しい。
「その日から七日間逃げ切れば、彼女は国に連れ戻されて、即結婚だ。そうなれば大使館員は万々歳だし、マフィアだって成立した結婚をぶち壊すほどの勇気はないと思うよ。そんなことをしたらきっと本当に根絶やしにされてしまうからね。だからともかく、それまでの間、うちで匿うことにしたんだよ」
 確かにここならば、マフィアだろうと大使館員だろうと見つけることはできない。それどころか、某一度ロックオンした獲物は何十年経とうと逃さないことで有名な国の諜報員からだって少なくとも六日間は隠し通せるだろう。ただ、日曜日だけを除いては。
「で、彼のことだけど、今自分がどこにいるのかは絶対に気付かせないようにしようって思ってるよ。こんな裏技、本当は彼のためにも良くないし」
 そう言った後、マスターはふっと息を吐いて、どこか遠くを見るような目になった。
「というか、こんな方法があることがわかったら、どんどん彼はどうしようもなくなる気がする」
「あー、なんかいろいろやらかした結果、そのうち本当にどこにも逃げ場がなくなりそうですもんね……」
「うん。だから徹底的に隠し通す方向で行くよ。基本的に僕の自宅部分から出さない。間違っても僕ときみ以外のここの人たち、特に彼らには絶対に会わせない。営業してることにも気付かせない。彼と会うときには今日は水曜日ってことで話を合わせて。で、僕が店を離れられないときに彼にご飯持ってったりしてもらおうと思っていて、それできみには彼の知っているひなたちゃんの振りをしてもらおうと思ってたんだけど……」
「本当にごめんなさい」
 ああもう。普段は髪型を変えようなどと思わないのにどうして今週に限って。自分もしくは彼のあまりの間の悪さに、ひなたはがっくりと肩を落とした。
「きみのせいじゃないよ。誰も、いや……悪いのは…………毎回毎回予想の斜め上を行く女の子を引き当てる彼だから」
 マスターらしくないとてもとても歯切れの悪い物言いをしながら、彼は深くため息をついた。
 どうしてこんなことに。そう思ったけれど、もうどうしようもない。日曜日以外にひなたとマスターが連絡を取る方法はないし、切ってしまった髪の毛をあっという間に生やす方法などないのだ。そして、仮にこのことを木曜日の時点で知っていたとしても、まさか料理中に髪の毛が燃えるなんて誰も予想もしていないから気をつけもしないのだろうし、結局のところ髪の毛を切る羽目になっていた気はするのだ。
「……とりあえず、ちょっと一時間ぐらいお店抜けて大丈夫ですか。街まで走ってウィッグ買ってきます」
 そう言うと、マスターはすっと財布を渡し、領収証お店の名前で取っておいてね、と言った。
 喫茶店で経費で落とすカツラってなんなんだろう。ツッコみたい心を押さえ、ひなたは自慢の健脚で最寄り駅まで走り出した。


 ちょうど正午に差し掛かった頃、軽いランチを摂る客でサニーディ・サンデーはそれなりに混雑していた。ひなたは頭部に若干の違和感と普段はない余分な重さを感じつつ、しかし出勤直後より見た目としては違和感のない姿で、給仕や注文取りなどに忙しく歩き回る。それで髪の毛が乱れることもない。
「今時のかつらって良く出来てるんだね」
 頭頂部はひなたの地毛とはいえ、見たところはいつものひなたの髪型との違いが自分でもわからないほどだ。「将来禿げても、結構大丈夫かも」
 今のところはまだ安泰といって良いだろう生え際を見たのか、鏡のようにぴかぴかに磨き上げた鍋を見ながら、マスターはぼそりと言った。
「今日はいいですけど気をつけないとどんなに自然でも不自然ですよ」
 アイスコーヒーをグラスに注ぎながら、ひなたはマスターの頭部を見ないで返す。