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紅い花

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 身体のあちこちが痛い。そしてかなり転がったせいで頭がくらくらして周りがかすんでしまっている。あたりがモノクロの歪んだ風景になっている。ようやく砂利道から土の上に転がり込んだ感触で止った。ほっとする間も無く、脛に痛みが走った。見ると足にタイヤの跡が付いて、皮膚が少し捲れ、血が滲み出ている。その男の子はオレを通り過ぎてから真っ赤な百日紅の木の下で向き直り、何事か指示を出している。こいつがボスか……オレはそう思いながらは取り敢えず一番近い木の下に転げ込む。すぐに側をもう一人のアタック役が通り過ぎた。オレは息苦しさを感じていた。心臓が警戒信号を出している。また小石が飛んで来て、左の二の腕に当たった。オレは力を振り絞り、立ち上がった。怒りが恐怖を押し戻している。「ウワーッ」言葉にならない声を張り上げた。一瞬奴らが静かになった。少しはひるんだらしい。オレは目の前の枯れ枝に気がつき、それを武器にしようと思いそれを掴み体重をかけて析ろうとした。ぐにやっとした感触でかなり曲がったもののそれは思い通りには析れなかった。そこへまた背中に衝撃を感じ、オレはまたも無様に前のめりの転がった。さらにその背中の上をタイヤの感触が過ぎていく。眼の端から視覚全体が赤くなるのを感じた。そして身体全体が痛みの負荷に耐え切れず無感覚になった様だ。思い通りに身体が動かない。
     ◇     ◇    ◇

 オレは奴らのボスと思われる子が仲間に何か言っているのを朦朧とした中で聞いていた。やがて砂利を踏む車輪の音と共に奴らが去っていった。怒りの気持が解放感と共に納まっていく。まだ暑い筈なのに、頬に当たる土はひんやりとしていた。真上でヂヂヂヂと蝉の鳴き声がしている。漸く視界が正常に戻った。目の前の土が血で濡れていた。オレはゆっくりと仰向けになろうとした。背中がひりひりしている。全身が痛かった。手足をゆっくり動かしてみた。骨に異常は無く、打撲や擦り傷程度だろう。背中の痛さを我慢して仰向けになった。真っ赤な百日紅の花が心なしかよりぬめりを帯びて鮮やかに見えた。オレは眼の上がむず痒いのを手の甲で押さえた。ぬるっとした感じがして、目の前で確かめると固まりかけの血と新しい血が付いている。手をかざしたままで百日紅の花と較ベ、同じ色なので何故か笑ってしまった。それだけでも身体中が痛かったが不思議に爽快感があった。

 夏のゆっくりとした日没の頃、遠くで蜩の鳴く声がしている。オレは公園の水道で身体を洗い、元気を取り戻していた。自転車は元のところにあった。スポークが二、三本外れてはいたが取り敢えず家に帰るまでは何ともないだろう。奴らが自転車が目当てでないとしたら何だろう。奴らが去る前に朦朧とした中で聞いた「ケイケンチが……」「レベル」と云った言葉からこれが遊びである事が想像された。しかし「チョウカイ」という言葉が「町会」なのか「朝会」なのかあるいは誰かの名前なのかは分からなかった。
 オレは朧げながら自分がある高揚感を感じているのを知った。それは子供の頃に、さあ明日から夏休みだ。あれもするぞ、これもやるぞと思った感じに似ていた。

 家に帰って、妻に「自転車で転んでしまったよ」と言ったら、「ドジねー」と笑っていた。そして母親の様に傷の消毒をしてくれた。その間、やたらと傷はどうかとか、もう止めなさい等と言わない肝の座った妻で良かったなあと思った。

 オレは次の週末まで毎日を充実感一杯で過ごした。競輪選手のような手袋とヘルメットも買った。金属バットも用意した。

     ◇     ◇    ◇

 そして日曜、オレはあの真っ赤な百日紅の木の下であいつらを待っていた。ここへ来る途中でふと感じた弱気も百日紅の花を見た途端に吹き飛んだ。遠くで犬の怯えた鳴き声とあいつらの声がした。必ずここへ来る。この赤い花が呼んでいるのだ。オレはそう確信して金属バットを握り締めた。

作品名:紅い花 作家名:伊達梁川