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若槻 風亜
若槻 風亜
novelistID. 40728
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千里の音

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秋に色づく木々が山を埋める。風に吹かれるとさやさやと音を立てる葉々は、時折親元を離れて空へと旅に出ては楽しげに踊っていた。ひとりぼっちで寂しくないのだろうか。短い、あるいは長い旅の後地面に落ちたらまた仲間と会えるからそうでもないのかもしれない。
「六(ろく)介(すけ)、ちょっと井戸まで水を汲んできとくれ」
 母が土間から忙しそうに声をかけてくる。裏の庭に座り込みぼんやりと空を漂う紅の葉を見上げていた六介は、振り返りつつ短く返事をすると、土で汚れてしまった服を叩いて立ち上がった。
 一度家に入り、土間の端に置いてある大き目の桶を片手で持ち上げる。
「六介、気をつけていくんだよ」
「うん、行って来ます」
 六介の名を呼びわざわざ手を止めてくれた母に一言出掛けの挨拶を告げてから、村の真ん中にある井戸へと向かった。途中すれ違った隣のおばさんにぺこりと頭を下げて挨拶をすると、朗らかなおばさんは「こんにちは六ちゃん」と笑って挨拶を返してくれる。表情はあまり変わらなかったが、六介はほわりと胸を暖かくして歩を楽しげなものに変えた。
 六介はこの小さくはない村の中でも、近所の大人たちがとりわけ好きだ。六介の家の周りは子供のいない、もしくは子供が大きくなった家が多い。そのため、六介の兄姉の子供を含め小さな子供の多い六介の家は何かと気にかけてもらえている。そしてその中でも、〝他からが乏しい分〟、六介は特に愛情を注いでもらっていた。

 大きな坂を超え、いくつかの畑を越え、村の中央に向かう道に出る。その時、突然足元に石が投げつけられた。六介はつま先のほんの少し前を跳ねて横切った石に驚いて足を止める。そして石が飛んできた方向へと目を向けると、そこには六介と同じ年頃の男女の子供達がけらけらと笑っていた。
「六介だー、呪われ六介が出たぞー」
「石を投げろー追い払えー」
「村から出てけよ呪われ者ー」
「悔しかったら喋ってみろー」
「きーらわれたーきらわれたー。もきちぎ様ーに嫌わーれたー!」
 からかいの言葉とともに次々に石つぶてが投げつけられる。六介は腕で頭と顔を庇うようにしながら、そそくさとそこから逃げ出した。泣きもせず、怒りもせず、嘆きもせず、ただただ黙って逃げていく六介に、子供達は一層大きな声で笑う。六介を蔑む言葉を音調に乗せて歌う彼らに行き交う大人たちは何も言わない。子供の遊びと思っている者、そもそも興味のない者、そう言われて当然だと思っている者、その理由は様々だった。

 “呪われ六介”

 いつからそう言われるようになっただろう。子供達の姿が見えなくなってから、六介は息を深く吐き耳を手の平で揉んで考える。
 六介は元々言葉数の多い少年ではなかった。しかし今ほど言葉少なになったのは、兄弟が多く騒がしい我が家に母がいつも大変な思いをしているのを幼心に思いやったゆえだ。
 だがそれが、その母への思いやりが、今のこの状況を招いてしまった。
 六介の家は村の全体から見ても端にある。そのため、幼い頃は家の周りでしか遊ばず、ようやく村の中央まで遊びに行けるようになった五つの頃にはすっかり今の黙り癖が見に染み付いてしまっていた。この村では特に“言葉”は重要視されており、それを発さない六介は彼が喋れることを知らない村の子供達にとっては格好のいじめの的である。
 十歳になった今もそれは続いており、事態に慣れてしまった六介は文句を口にするよりも素直に逃げることを選択するのが普通になっていた。
 だが、そんな彼でも思うことはある。
「……おいらも、友達欲しいなぁ……」
 抜けるように青い空を見上げながらぽつりと呟いたのは、六介が幼い頃から抱いている願い。
 兄弟たちは優しいし、両親も優しい。近所の大人たちだってみんな優しい。だけど六介も、一緒に駆けずり回れる友達が欲しい。六介のせいで村の子供達とよく喧嘩をする兄弟たちにももっとみんなと仲良くなって欲しい。出来るなら、みんなで遊びたい。
 だけど思いは結局六介の心の中で留まり、たまに表に出てもそれは誰の耳にも届かず消えてしまう。
 少しの間だけ空を見上げてから、六介は小さく息を吐いてまた歩き出した。早く母に水を持っていってやらないと。帰ったら夕飯の準備も手伝おう。そう考えながら早足で歩いていたその足が、ある時ふと止まった。
「……?」
 六介が足を止めたのは山と村との境。茂みの向こうから、何か騒がしい音が聞こえた気がする。六介は音に誘われるようにそちらへ向かおうとした。が、その腕を誰かに掴まれ止められる。誰かと思い振り返れば、そこには一番上の兄・一太(いちた)が立っていた。
「一兄(いちあん)ちゃん。おつかれさま」
 一太の背には農具が担がれ、めくって腰で止めている着物は土ですっかり汚れている。畑仕事から帰る途中の兄を見上げ、六介は今しがたの行動への驚きを忘れた様子で兄をいたわる。
 そんな六介に、一太は少し強張っていた顔を緩め、地面に膝をつき弟と目線を合わせた。
「ああ、ありがとう六。お使いか? だったら寄り道せずにまっすぐ向かいな。特に今の時期はお山に入っちゃ駄目だ」
 優しい笑顔で六介を撫でてから、一太は本気で言い聞かせる時のまじめな目をする。六介はそんな兄を見て首を傾げる。
「どうして?」
 村と隣り合ったこの山は、この村を含め付近の者からは神がまします場所とされている。そのため人の手が入った所が極端に少なく、六介が山に入ることは滅多になかった。あるとすれば、神事の祭りや慶弔事のある日、控えめに作られた道を通り山にあるお社にお参りに行く時くらいだ。
 それだけ神聖な場所であれば、普段立ち入ることを禁じられても六介にはなんの疑問もない。だが、“今の時期は”という限定が六介は気になった。不思議そうな顔をする弟に笑顔を向け、一太は山へと目を向ける。
「ここはもきちぎ様のご加護がある山だけど、今は神無月っていって、神様がみーんな出雲様に行ってるんだ。普段は山の魔物もおとなしくしてるけど、もきちぎ様がいない今は山に入る子供は魔物が食っちまう。六も食われたくなかったら入るんじゃないぞ」
 子供騙しの脅しというには真剣すぎる兄の目に、六介は一度身震いをしてから頷いた。怯えた様子を見せる六介に微笑みかけると、一太は髪をかき混ぜるようにその小さな頭を撫でて立ち上がる。
「それじゃあ俺は先に帰るな。気をつけて帰って来るんだぞ」
 軽く手を振り、一太は背負っていた農具を担ぎ直して家路へと着いた。姿が見えなくなるまで見送った六介は、その間実に十回は振り返った兄に思わず笑いをこぼす。一太は元々面倒見の良い性格をしており、弟妹の面倒をよく見ることで近所でも評判の青年だ。六介のすぐ上の姉すら彼と十以上年が離れているため、彼女から下の弟妹への過保護ぶりはさらに拍車がかかっていた。
 帰ったら兄の肩でも揉んでやろう。そんなことを考えながら六介は早足でそこを通り過ぎる。多少なり後ろ髪を引かれる思いはあったが、大好きな兄に言いつけられたことを進んで破る気にはなれなかった。
作品名:千里の音 作家名:若槻 風亜