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神さま、あと三日だけ時間をください。~SceneⅡ~

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何という偶然だろう。あの夜は美海もまた一度も覗いたことのない出会い系サイトに辿り着いたのだ。そして、たまたま眼に付いたシュンのメッセージがあまりに淋しそうだったので、何か言ってあげたくて返信を返したのだった。
「あの時、運命を感じたなんて言ったら、また、君にドン引きされてしまいそうだけど。でも、俺は本気で思った。初めて利用したチャットで大勢の人のコメントから俺を見つけ出してくれたのも何かの縁じゃないかなと思って。それで、メールのやりとりしようって俺の方から誘って、色々と話している中に、俺はどんどん君に惹かれていった」
 シュンは小さな息を吐き、切なげなまなざしで美海を見た。
「毎夜、君にメールして、返事が返ってくるのが愉しみになって、昼間に何があっても、多少イヤなことがあったとしても、またミュウと話ができると考えたら、心が強くなるような気がした。気がついたら、俺は夜が待ち遠しくて堪らなくなっていたんだ。君とこうして実際に逢う前から、俺は君を好きになってしまったんだよ、ミュウ」
 君には傍迷惑な話だろうけどね。
 シュンの呟きが潮風に乗り、海へと運ばれてゆく。
「私もあのとき―シュンさんとチャットで出逢ったときは、物凄く落ち込んでたの。色々とあって、自分がとことんまで落ち込んでたから、短いメッセージから伝わってくるあなたの気持ちがまるで自分のことのように思えたわ。ああいうサイトは名前のとおり、出会い目的で妙なことを書き込む人が多いのに、あなただけは違っていた。そこに惹かれたんだと思う」
「それなら!」
 シュンの口調に俄に活気が戻った。
「俺と付き合ってくれる? これからはメールだけでなく、こうしてもっと頻繁に逢って、デートしようよ」
 美海は、ゆるゆるとかぶりを振った。
「今し方も言ったはずよ。私とあなたでは―」
「歳なんか関係ないだろ!」
 人が変わったような剣幕に、美海は息を呑む。
「十歳程度の違いなんて、今時、珍しくないって言ったじゃないか。それに、俺が良いって言ってるんだから」
 シュンが近づいてきて、美海の腕を掴んだ。
「もう、これっきりだなんて言わせないからな」
 美海が返事をしないことに、かなり苛立っているらしい。シュンの手に更に力がこもった。
「シュンさん、手を放して。痛いわ」
 こんな時、年下だとかは関係ない。二十二歳の男の力は、美海の細腕一本くらいは容易くへし折ってしまいそうなほどである。
「―痛い」
 あまりの痛みに、涙が滲んだ。  
 シュンがハッとしたように眼をまたたかせた。
「悪かった。ミュウ、ごめん。俺、何てことを―」
 美海はシュンに掴まれていた手首をさすった。少し紅く跡が残っている。それほどの力だったのだ。
「本当にごめん。こんなに紅くなって。痛かっただろ」
 シュンは狼狽え、しきりに謝った。
「気にしてないから」
 美海が弱々しく微笑むと、シュンは少しだけ安堵の表情を滲ませる。
「お願いだ、もう逢わないだなんて言わないで」
 縋るような表情と頼りなげな物言いは、あたかも幼児が母親に置いていかないでと必死に頼んでいるようでもある。
「判ったわ」
 美海の返事を聞いて、漸く心から安心したらしい。シュンは満面の笑顔を浮かべた。
 歳の割には老成しているように見えるけれど、喜怒哀楽をはっきりと表すところは、やはり、年相応だ。
「ねえ、結婚を前提に付き合ってくれないかな」
 突然の科白に、美海は再び言葉を失う。この若者の言動には愕かされることばかりだ。
「本気なの?」
「もちろん。こんなことで嘘は言わないし、良い加減な気持ちでプロポーズなんて口にはできないよ」
 美海は溜息をついた。 
「今は熱くなってるから、そんな風に考えているだけよ。シュンさんはまだ若いんだもの。大学を卒業して、どこかに就職すれば、また世界が今までよりぐっとひろがるわ。社会に出れば、もっともっと色んな人との出逢いがあるし、素敵な女性とめぐり逢うこともあるでしょう。何もそんなに焦る必要はないのよ」
「焦ってなんかないよ。それは確かに、俺の言ってることは、おかしいのかもしれない。初対面の君に結婚しろだなんて迫ってるんだから」
「おかしいことか、そういう問題ではないの。あなたはまだ学生だから、ちゃんと大学を終えて社会に出てから結婚のことを考えても遅くはないって言いたいの。むしろ、一時の気の迷いで、私なんかにプロポーズしたら、後で後悔することになっちゃう」
「ミュウはどうして俺の気持ちを判ってくれないんだ? 俺は君のことをこんなに好きなのに。君に逢ったのは今日が初めてだったけど、俺はこの一ヶ月間、君とメールを通して話をする度に、どんどん君のことが好きになっていったし、実際に君に逢ってからは、もっともっと好きになった。今更、ここで諦めろと言われても、諦めきれない」
「―」
 美海は困惑して、シュンから視線を逸らした。何という熱烈な告白だろう! 琢郎からプロポーズされたときも、こんなに一途に告白された記憶はなかった。
 そして今、それを迷惑だと思う気持ちよりは、むしろ女らしい歓びの方が大きい。どうかしているのはシュンだけではない、自分もだ。
 美海の沈黙をシュンは誤解したようだ。
「駄目なんだね」
 彼は沈んだ声音で呟いた。
「ミュウの応えは何となく想像はついていたよ。メール交換してた時、君に子牛が生まれたときのことを話しただろう? 俺が嫁さんを貰って娘が生まれたら、嫁さんの名前をつけたいって話は憶えてる?」
 美海が頷くのを見、シュンは淋しげに笑った。
「あのときもミュウは俺の話なんて聞かなかったようにさりげなく無視したし、今日だって子牛のミュウに君を彼女だって紹介したときも何も言わなかった。あれで十分、ミュウの気持ちは判った。俺だって、そこまで馬鹿じゃないし」
「無視したわけじゃないわ。あのときは、どう応えて良いのか判らなかったから、黙っていたの」
 それは正直な気持ちだった。シュンより十七歳も年上で、おまけに家庭持ちの自分。そんな自分が若い男に口説かれたところで、何と反応すれば良いのだろう。
「ねえ、これだけは応えてくれない?」
 シュンが切なげな口調で言った。
「俺のこと、ミュウは嫌い? これから先、俺には見込みは全然ないのかな」
 美海は息を呑んだ。正直に応えれば、一つめの質問にはNO。むしろ、彼と同様、メールのやりとりをしている頃から、少しずつシュンに惹かれていた。こうして実際に対面してみてからは、彼の強引さと一途さに戸惑いながらも、強く求められていることに女としての歓びを感じている。好きか、嫌いかと問われれば、間違いなく好きと応えるだろう。
 二つめの質問についてはYesとしか応えようがない。琢郎と離婚すれば、美海は自由になる。シュンと付き合うことも結婚すらも夢ではない。しかし、そんなことが現実にあり得るだろうか?
 世の中には確かに歳の差カップルはたくさんいる。中には結婚して、順調な結婚生活を営む夫婦だって現実には大勢いるのだ。