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やさしい犬の飼い方(仮)

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夜の繁華街は、深夜を回って漸く落ち着きを取り戻してきたようだ。自宅への近道であるその場所を早足で通り抜けながら、俺は焦っていた。予定ならば今日バイトを終えて帰宅したら、明日締め切りのレポートの仕上げをするつもりだったのだ。滅多に混むことはないのに、どうしてこんな日に限って店が混雑するのだろうか。内心苛立ちながら、脇目もふらず繁華街を横切る。

「あ、ちょっとそこの人!」

 何もない日は客足が悪くて早上がりになり、予定が詰まっている日に限って客足が途絶えない。この現象は一体何なんだ。俺は相当不運なのだろうか?

「ねぇ、ちょっと、」

 今から急いで帰ったとしても十五分かかる。そこからレポートをやって風呂に入ったら多分寝る時間なんかほとんどない。明日の一限は居眠りしてもいい授業だっただろうか。それよりレポートをどうするか――

「ちょっと!」
「ぐえっ」

 突然後ろに引っ張られて変な声が出た。一瞬遅れて、背負っていたメッセンジャーバッグを後ろから引っ張られたのだと気づく。
 振り向けば、身長170センチの俺より更にデカい男が、そこに笑顔で立っていた。

 男は笑顔で言った。

「犬、飼いませんか」
「いや別に飼いません」

 俺は間髪入れずに答えた。しかし男は食い下がる。
「優秀な忠犬で番犬にもなりますよ! 絶対損はさせません!」
 歩き出した俺に歩幅を合わせて歩きながら話しかけてくる。俺結構早歩きなんだけど、何でコイツそんな余裕なんだよ。ちょっと腹が立った。
「飼いません」
「そこを何とか!」
 男はしつこく食い下がってくる。そもそもどうして夜の繁華街で犬の里親探しなんだ。朝の駅前でビラ配りでもすればいいだろう。
「つーかウチの物件ペット不可だし」
「大丈夫! ペット不可の物件でも飼える犬です! ちょっとデカイかもしれないけど吠えないし臭くもない! ちゃんと風呂に入れてくれれば」
「しつこい! だいたいそんな犬いるわけないだろ!」
「いますって!」
「どこに!」
「ここに」

 言いながら男の差した指は、彼自身を向いていた。



「さようなら」
 俺は立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
 男は慌てて俺の腕を掴む。
「何の冗談? 俺にそんな趣味ないから悪いけど他当たってくれよ」
「他なんていない」
 そうマジな顔で言われて辺りを見回したら、本当に誰もいなかった。歩きながらいつの間にか繁華街の終点まで来ていたようだ。平日の夜、終電がなくなる時間まで繁華街をうろついている人はそうそういない。

「頼むよ〜マジ今夜俺泊まる場所ないんだけど」
 男は遂に泣き落としにかかった。
「知らん。その辺で野宿しろ」
「明日の朝に凍死体で発見されてもいいのか!」
「いいよ別に」
「何でだよ!」
「段ボール製の自宅で逞しく生活している人たちを見習え」
「俺には段ボールすらねーよ!」



 そんな屁理屈を捏ねられながら歩くこと十五分。何も考えずに歩いていたら自宅前に到着してしまった。うっかりしていた、途中でダッシュして撒けばよかった。ちらりと相手の表情を伺うと、してやったりという顔をしていた。
 そこで頑なに拒否をすればよかったのに、それでどうして俺はつい二十分前に出会った相手を自室に招き入れているのだろう。意味が分からない。この勢いに押しきられたとしか言いようがない。他に理由があるとすれば雪が降ってきたからだ。もう三月だというのに、妙に寒い夜だったから。それだけだ。