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「神田川」の頃

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線香花火



 真夏の太陽がゆっくりと沈むころ、ヒロシとヒロコは遊びつかれた身体を神社にあるベンチで休ませていた。いつもなら駅でわかれるはずが、ヒロコは一緒にヒロシの住むS町駅まで着いてきたのだ。その理由は明るいうちに別れるのはイヤだということだった。まだ熱気が町を覆っていて、少し涼しそうな神社に誘われるように入ってきた。そこには誰もいなかった。
 少しずつ辺りが暗くなってきている。ヒロコはベンチには座らず、「抱いて」と言った。ヒロシは少し逡巡したあとヒロコの背をそっと抱いた。
「もっと強く」と言うヒロコも言葉で、背中にまわした手に力を入れてヒロシが強く抱こうとしたら身体の重心がずれてふらついた。「ふふっ」とヒロコが笑った。ヒロシは「背の高さが違うからね」と言い訳したが、ヒロコはもう気が済んだのか、しらけてしまったのかベンチに座って前を見ている。その視線の先に茶色い虎模様のネコがいた。
 多分誰かがここで餌をやっているのかもしれない。、しかし違う奴らがいると離れた所で見ていたのだろう。ヒロシは抱き合っていたのを見られたのが恥ずかしく思えたが、相手がネコなのだからまあいいかと思い、地面に手をおいて「おいで」と呼んだ。そんなに期待していたわけではないのに、茶トラは呼ばれたのだからしょうがないかあ、というように近づいてきた。
 当然のようにヒロシの前まで来て、茶トラは立ち止まった。ヒロシの手はまだ地面に降ろされている。茶トラは決心したようにヒロシの手元に来て匂いを嗅いだ。
 「何よ、デートのじゃまをしないで」と、ヒロコが言った。ヒロシはえっという顔でヒロコを見た。冗談で言っているのじゃない顔つきをしていた。ヒロコは普段お姉さん風になって食べるものから着るものに意見を言ったり、時にはこんな風に子供のようになったりする。
 男だけの兄弟で育ったヒロシと女二人姉妹のヒロコ、ゆえに新鮮でもあるのだが、理解 に苦しむこともある。ヒロコは女だけの家庭で育ってきただけに、時々古くさい男らしさをヒロシに求めることがあった。そしてその態度が男らしくないと非難されることにもなる。ヒロシは今がそのときかと、毅然とした態度一、「いいじゃないか、何も食べるものが無いとわかるとどこかに行くよ」と、その二「ほれ、じゃまだからあっちへ行って」とネコを追い払う、どちらにしようと迷っている間にヒロコは靴の爪先で茶トラを蹴った。ふにゃっと鳴き声をあげて茶トラはとんでいった。
「かわいそうに」とヒロシがつぶやくとヒロコは「だって、」と言いかけて、さすがに大人げないと思ったのか、ゴメンと小さな声で言った。そのゴメンはネコに言ったのかヒロシに言ったのか解らなかった。
「何も動物飼ったことないの?」とヒロシは聞いた。
「うん、母がね、汚いからだめだって言ってたから」
「おかあさん、田舎に一人なの」
「妹と一緒だよ。でも、妹が東京の短大に行くんだと言ってるからね、一人になっちゃうかもね」そう言って、寂しそうにヒロコは黙った。
 あまり、二人で黙っていることが無かった、というよりヒロコが沈黙を毛嫌いするように色々と話しかけたり話しだしたりしているのだったが、珍しく沈黙した。といっても、ほんの二分ぐらいだろうか。
 「花火したいなあ」とヒロコがつぶやいた。
 「ここで?」とヒロシが聞くと、ああそれもいいなあと思ったのか、ヒロコは急に生き生きとした目で「ね、買ってこようか」と言ったが、すでに立ち上がっていた。

作品名:「神田川」の頃 作家名:伊達梁川