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ああ、この広い空の下では、俺の苦労なんて、どうでもいいんだろうな。
 俺は空を見上げながら、自虐的にそう思う。なんとも澄み渡った空である。なのに俺の気分といえばだだ下がりで、ついには人生をあきらめてしまいそうだ。
 どうして俺がこんな晴れ渡った空の下、気分が底辺まで落ちているのかといえば、大きな理由がある。
 それは俺のご主人様こと、この国の王女が今朝方、家出をしたのだ。
 もちろん城中は大騒ぎ。そして直属の使いだった俺は、王女を逃がしたという大罪でクビになってしまった。
 打ち首にならないだけマシだったと思えばそうだが、無一文で放り出されるのもかなりきつい。俺は物心ついたときから皇室に仕えていたから、行くところなどない。
 せめて王女を見つけるまでは居させてくれと頼みこんだが、王女の叔父にあたるリーキンス様はそんな俺を冷たくあしらった。
「貴様がいても、何も変わらない、か…」
 長年仕えた俺に対する最後の言葉はねぎらいではなく、そんな吐き捨てたような台詞だった。
 やけに俺にたいして冷酷な態度をしていたのは、やはり家出を阻止できなかったことへの怒りなのだろうか。そんなことを言われても、あのひとのする行動を、止められる人間などいるのか。
 仲の良かったメイドたちは、王女が家出した理由を、政略結婚を嫌がったためだと噂していた。近く、王女は近隣の国の王子と婚約をするため、この城を出ることになっていた。
 それは一国の王女として当然のことなのに、メイドたちはやけに王女を庇い、好きでもない相手と結婚させられる彼女は可哀そうだと嘆いていた。
「可哀そうねえ…」
 ふっと苦笑が漏れる。王女が可哀そう?それはどういう了見なのか。
 あの方はいつも笑っていた。だから、平気だと思っていた。それは俺の勘違いだったと、そう切り捨ててしまえるほど、微弱なものだったか?
 そんなわけはない。あのひとは、自分を憐れんで、それですべてを投げ出すような人間じゃない。
 長年仕えた俺には分かる。あの人がどこに行ったのかも。
 俺は早足で、その場所へと向かっていた。



「エリス様」
「ああ、見つかってしまったか」
 別段驚いた様子もなく、悪気さえないようににっこりと微笑んだ王女に、俺は深い溜息をついた。
 城から出て、町より遠くの、森のまた端。この場所を知っているのは、王女と、幼い頃にこの場所に連れてこられた俺だけ。
 あれからもう十何年も経つが、王女が俺以外の人間をここに連れてきたことはなかった。その事実に自惚れ、現実が見えていない若いときも確かにあった。
 俺はついと周りを見渡した。ここに来るのは久しぶりだった。とはいえ、一か月ぶりぐらいか。もうずいぶん来ていないような気がする。
 王女は木の上に座っていた。それは彼女のいつもの位置だった。俺はその木の下で座りながら、彼女の話を聞く。
 それがいつもの光景だった。だけど今日は、もちろんそんなことはできない。
「……城中の者たちが総動員で、貴方をさがしています。どうしてこんな馬鹿なマネを」
「お前が私の気持ちをあしらったからだ。そして私にも自分にも嘘をついた。それは、馬鹿なことではないのか?」
「俺はあなたに仕えるものです。それ以上でもそれ以下でもない。ちなみに、クビになって、もう貴方の使いでもないですけど」
 俺は肩をすくめた。あなたの叔父からは無能扱いされたばかりだし。
 そう愚痴をこぼすと、王女は大きく目を見開いたあと、何を思ったか、くっくっくと低く笑いだした。
 何がおかしいんだと睨みつければ、王女は笑いをかみ殺しながら、とんでもないことを口にした。
「昨夜叔父様に、私がお前に好意を持っていることを言ったのだ」
「はっ?」
「だから私は結婚などはしないと言った。するとたいそうお怒りなられてな。喧嘩になったので、私は城を出たのだ」
 それでか!  俺はくらくらする頭をおさえた。たかが一度だけ家出を見逃したぐらいで、クビになった理由が分かった。
 この姫様の戯言を本気にしたか、もしくはただ目障りだったのかは知れないが、とにかく俺を追い出したかったのだろう。リーキンス様は、この政略結婚にとても力を入れてらっしゃる。
「どうする?今から私を連れていけば、まだクビをなしにできるかもしれないな。私が一言いえば、間に合うと思うぞ」
「……何がお望みなのですか?」
 一気に脱力してしまった俺は、力なく王女に訊く。何でもないことのように、王女は返した。
「またここに来てくれ。お前がここに来なくなってもう一ヶ月も経つだろう」
「……あなたが妙なことを言わなければ、いくらでも」
「妙なこととは何だ」
 むっとしたように鋭く言われ、俺はまた溜息をつく。
 一ヶ月前の夜、この場所で、王女からお前が好きだと言われた。
 彼女が近いうちに結婚して、国を出ることは知っていた。それが政略だろうが王女が望んでいなかろうが、俺には何も言う資格はない。そんなことは分かりきっていた。
 もちろん俺は何を冗談を、と言った。それでも王女は繰り返した。
 べつに私を遠くに連れて行けなどとは言わない。ただ、受け入れて欲しい。
 そう言った彼女の言葉を、それでも丁重に断った俺に、王女は信じられないというように、こう言った。
 ――お前は私が好きなんだろう?
 俺は思わず笑ってしまった。
 ご名答です、王女様。俺が好きなのは貴方で間違いはないですよ。結構周りにも噂されていることですしね。
 でも、逆は駄目なんです。あなたが俺に好きだなんて、口にするのも駄目に決まってる。そんなこと、貴方が知らないわけでもないでしょうに。
 もう子供でもないのですから。
 俺は木の上の王女に手を差し出した。
「俺がここに来ることはもうありません。それでクビにしたいのなら、お好きに。でも、どちらにしても貴方をすぐに城へ帰します。貴方の使いはクビになりましたけど、一国民として、当然の義務ですから」
「……酷なことを言うのだな、お前は」
 どっちが。
 呆れて黙った俺を、じっと見つめていた王女は、結局俺の手を取らず自分で降りてきた。
 そういえばこのひとは、この場所で、俺が自分を王女扱いすることを嫌った。だから俺もできるだけそうしないよう気をつけた。
 でもそれは失敗だったのかもしれない。そのせいで王女は、俺に告白するなんて馬鹿なことを思いついたのだ。
 やはり、もうここに来るべきではないな、と俺は思う。境界線は、いつだって引かなくてはいけない。
「一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「……お前は、私のどこが好きだった?」
 考える。空を見上げ、変なことを口走らないよう、そしてなるべく素直な気持ちを言えるように。
「とても冷静で、客観的に、物事を見ることができる。そして何より、この国のことを一番に思っていらっしゃることです」
 そう、俺は本気で思っていた。だから王女が家出なんてことをしたことに、俺は驚いた。そんなことをするなんて信じられなかった。少なくとも、俺が知る王女様は、そんな浅はかなことはしない。
作品名:見つけて 作家名:椿すみれ